空間デザイン&建築設計事務所のクリエイティブツールの評価と導入:49 Architektの場合
今回のテーマ「空間デザイン&建築設計事務所のクリエイティブテクノロジーの導入と評価」ですが、端的に言うと導入しているCadやレンダリングソフト、ドローツールと言った「デザインや設計に使うツール」の評価と改善、改善の上で必要となるツールの導入検討の考察です。また3DプリンターやVRなど、汎用化しつつある新しいテクノロジーにも目を向け、必要となれば計画的に導入を検討し、社内メンバーへの啓蒙と教育、導入費用の捻出まで検討を行い、計画的な指標のもとに社内のレベルアップ(提案の冗長化や効率化、現場へのフィードバックの効率化、シンボルやライブラリーの充実など)を図るものです。特に中小企業の場合、最も裁量を持つ所長たるトップが多忙を極めている事が多く、中々評価に加われない、もしくはテクノロジーに関心が低く、今あるツールで何となく満足しているなど、ネガティブな要素が多いようです。今回は僕が関わっている二つの会社の事例を二回に分けてご紹介します。僕らと同じような境遇の人たちの参考になればと。
49 Architektの経緯
49 Architekt(フォーティーナインアーキテクト株式会社。以下49)は、僕が経営移譲を引き受ける形でM&Aするまでは典型的なローカルアーキテクト(地方の建築設計事務所)として、自治体や官庁の施設や民間でも第三セクターなどの仕事が中心で活動しており、見た目も印象も所内の雰囲気も「お固め」の設計事務所でした(笑。M&Aの経緯はまた後日)
名称変更し、役員が刷新した今後は(地場のみならず首都圏も含めて)民間の仕事も積極的に関与していく上で、現状のシステムで足りないもの、残すべきもの、改善すべきものをリスト化し、3年後を目標の達成年と見据え計画を立てました。前所長(現在は取締役所長)がこの手のテクノロジーやツールの導入に諸極的だった事もあり、その反省も受け入れつつ、ポジティブに所内の意見を募りました。大きなところでまとめると下記のような感じになります。
提案力、表現力の底上
どこの建築事務所も同じかもしれませんが、民間の仕事を受注していくとなると、情緒的で技術的な部分を相手に伝える提案力が欠かせませんが、49の場合、プランニングとスケッチで骨格をスタディし、模型やCGを起こすようなイメージでビジュアライゼーション時の手戻りがしにくい状況でした。提案力の中でもビジュアライゼーションの能力は、建築のような非常に大きな投資&購買対象の場合、案件受注を左右する大切な要素である事を皆に伝え、最重要課題であることを共有、その上で最適なツールを模索していくことになりました。ツールの詳細は後述します。
CADの統一化
全国の建築設計事務所で使われているCADは、AutoCAD LTかJW-CADが多く、ほぼこの二つが業界標準になっています(シェアに関しての参考ページはこちら)。これは中小零細企業が多い設計事務所の場合、導入コスト面で実質的な業界標準のDWGフォーマットを有するAutoCADの2D機能限定版であるLTを使うケースが目立ちます。JW-CADは、老舗2Dドロー系CADで製図板をCADに見立てたような使い勝手をそのままに、現在に至るまでアップデートを続けてきた国産フリーウェアです。どちらも導入の敷居が低く、2DCADとしての安定性もあり、特に不自由もなく使える事が指示される理由でしょうか。
49の場合もAutoCAD LTを20年近く使用しており、官公庁の仕事でも納品成果物も全てAutoCAD LTでつくっていました。同時に、3年前から試験的に導入していたARCHICADも一部のメンバーが使用しており、いわば所員間で使用しているツールが混在している状態でした。そこで、既出のビジュアライゼーションや提案成果物の質的向上を勘定しながら、今後採用する新卒のスタッフが履修してくるCADの現状も踏まえ、BIMでの効果的な共有が可能なARCHICADを正式に採用し、切り替えることにしました。しばらくはAutoCADと併用しますが、月一で勉強会を実施しており、メンバー間での共有知化を進めています。
また現在は、ARCHICADと連携できるビジュアライゼーション専用ソフトの導入(TwinmortionやRhinoなど)とワークステーションの導入を前提に検討しており、ビジュアライゼーションの品質と成果物の精度の向上を目指しています。
ハード(特にPCとMac)の更新、OSの統一化の検討
導入にあたっては、ARCHICAD の持つ機能をフル活用したかったため、古くなっていたPCも刷新し、まずメンバー全員のPCをカスタムオーダーしたVAIOに交換し、27インチの外付けモニターを標準装備にしました。カスタムしたのは、グラフィックボードやメモリーのスペックを上げておくことで将来的な冗長性を持たせたかったからで即応性が上がり、27インチの外付けモニターによる大画面&視認性の向上はストレスのない快適な作業性をもたらします。ワークステーションにせずVAIOを導入したのは、今後のコロナ渦の状況でいつテレワークに切り替えても対応できるようにしたかった為です。また、OSも一本化し、Windows10に揃え、MacOSは廃止。これは余計なメンテナンスコストを下げたかったからです。選択と集中というやつですね。
49の設計スタッフは7人いるので、PC+ARCHICAD の導入で掛かったコストの合計は約550万円。小さな設計事務所では大きな出費ですが、効率化が進み諸条件に合致すれば助成金なども活用できます(49はARCHICAD を含め基幹業務ソフトで助成金を活用しました)。
同時にこれだけのコストが掛かること、そのコストをかける意味、もたらされるであろう恩恵も含めてメンバー全員で共有することも大切です。そのためには、まず経営側が理解していることと、一人ではなく複数人で進めていく方が客観性が保て良い方向に進むようです。
設計ワークフローの見直しとBIMの導入
ARCHICAD を使うきっかけはBIMを導入したかったことなのですが、同時に弱かった提案成果物の質的な向上、ビジュアライゼーションの強化は、設計ワークフロー全体の見直しにもつながります。そこでこれまで主担建築家とアシスタントで分かれていた職能を一旦廃止し、2人のチーフアーキテクトと5人のアーキテクトに分け、所長と僕が全体のプロジェクトメイキングする方法に改めました。また、ワークフローもこれまで2DでのワークフローからBIMを活用したワークフローに改め、スキルの平準化を目指したものにしています。BIMは特に木造建築(住宅や店舗建築など)から順次進めており、BIMx(iPadやPCでの遠隔プレゼンテーションやVRでのプレゼンが可能なプラグイン)も並行して活用し始めています。
これまで分担して物件ごとに主担とアシスタントで対応していたのですが、属人的になりがちで、ワークフローも含めて個々の能力をちゃんと見極め引き上げられる方法に変えました。A: 官庁や公共の仕事をメインにするチームとB: 民間建築(大規模建築)チーム、C: 住宅・商業施設チームと大きく3つのカテゴリーに分けており、所長がAとBを、僕がCを管轄し、2人のチーフアーキテクトがAとB、BとCに分かれて担当、各アーキテクトがプロジェクト毎に分けれて担当するスタイルです。また、新しいテクノロジーに対しても月一回のMTGで吸い上げられるようにし、全体で課題を克服するようにしています。
シンボルやディティールライブラリーの属人化の改善
基本的にARCHICADは、公共建築などメンバー間での連携の多いチームは「ARCHICAD 23」でネットワーク化し、民間建築&住宅商業施設は属人的な利用が主になる為「ARCHICAD 23 solo」を使う、といった感じでHi Low MIXで導入しています。
既に先行してクラウド化+VPNでのファイルサーバーの導入を行っていたのでARCHICADのネットワーク利用も可能になっており、このコロナ渦でも、十分活用できていました。ネットワークとライブラリの共有は、49にとってとても重要な課題でもあるので、全員で手入れしています。
来年入社する新卒者もARCHICADの履修者でもある為、所内の雰囲気に慣れてもらうこともかねて、アルバイトで手伝いにきてもらっており、主にシンボルや過去のディティールをARCHICADの移管する作業などをやってもらっています。コロナの影響で週2日程度きてもらい、残りはリモートで持ち帰ってもらって作業しています。また、若い彼らの意見も聞きつつ、提案時の作り込みかたなども改善しています。大学で4年間しっかり使い込んできたツールだけに、びっくりするような使い方をしていて側で見ていて頼もしい限りです(笑)
導入後感じたこと
導入を検討し、各ツールの評価&検討→導入ツールの決定→助成金も含めた費用の捻出方法→導入まで約半年の期間がかかりましたが、導入して3ヶ月たち、副次的な効果も見えてきました。
まず一番多かった意見としては、設計に対しての没入感が以前と比べ物にならないこと。ビジュアライズしながら3Dと2Dを行き来するARCHICADの場合「作業している」という感じよりも創作している感覚に近く、使っていて楽しい、もっと使いこなしたいという意見が多くでました。また、作業環境となるPCも一新したので、最新の環境で仕事している満足感?のようなものもあり、ストレスが大幅に減ったという意見も多かったです。
個人的にはCADやクリエイティブツールを見直すことから始めた意識改革といった方が正しいかもしれません。我々が行っていることは建築を通じた創造性の発揮とその結果もたらされる豊かな建築と空間を通じて社会貢献することのはず。それがいつの間にか、特殊な技術で特殊な道具を使って作業しているような空気感になっており、僕が初めて訪問した時は非常に違和感を覚えました。49は現所長が2代目で45年の歴史があり、地場ではそれなりに手堅く仕事をしてきた実績もあります。この伝統のある事務所を、建築に精通したクリエイティブな集団に変えたかったことが意識的にありました。
今回は僕が主導して所内の意見も汲みつつ進めましたが、今後は使っていきたいツールや導入したいテクノロジーをボトムアップして欲しい旨を全員に伝えました。設計のワークフローは、テクノロジーと密接にリンクしていますし、この組み入れかたが柔軟でないと業界の中に取り残されてしまう危機感があるからです。設計の基幹システムであるCADを変更することは大変な作業であり、僕が外部から入ってきたからこそ大鉈を振るえたとも言えます。今後は能動的に改善すべき部分は改善しより良くしていくこと。メンバー一人一人が当事者意識を持って行動することは、どんな職種でも言えますね。
今のところチームとして満足できているので、今後はアーカイブを整理し、提案企画力を磨き、よりより建築に携わっていきたい。結局、今回のようなツールは、いい建築を創るための道具に過ぎませんからね。
次回は、空間デザイン会社であるDesigncafeの取り組みをご紹介します。