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「お金」って存在をどう使ったらいいのか・・

お金とは、
欲しいものがある時、
それを手に入れるためには
提示された数字の金額を払って、
所有権が移行するもの。

そう考えている。

所有していた金額が移行し、
物品やサービスが移行する。

******

金額が提示されなかったら
その「存在」は
自由に使ってよいことになる。

******

音楽について考える。
(多分他のモノゴトにも当てはまるだろうけど)

楽器を奏で、唄ったりしてる。
そこには何の物品としての価値も存在しない。

奏でる人が存在し、
彼らは好き好んで演奏している。

金額を払って聴くだけの価値を
装うことが出来れば、
金額を請求する主張は
してもいいかもしれない。

ユーザーの求めたキャッチコピー。
カタチあるものCD、レコード。
ユーザーに伝わるデザイン、etc・・・

******

音楽そのものには
どれだけの金額を付けられるんだろう?

正直なところ、
客観的に見れないせいか、
キャラクターデザインして
Tシャツやグッズという
物品にしての値段なら相場が出るが、
音が奏でられるそのものの値段は
うまく数字に換算できない。

音も詩も、
何のコストもかけずに
存在させられるから。

こうしたお喋りや、言葉に、
どこで線引きして価値を付けるべきなのだろうか?

その価値に、「値段」は必要なのだろうか?

******

奏でた音を観客として聴いた。

聴けば、色々感じさせてもらえるところがある。

面白い。楽しい。
つまらない。もっといいアイデア。
郷愁を感じるかもしれない。
懐かしい思い出が喚起させられるかもしれない。

それは、僕の得た経験となる。

演奏者が奏で、
僕は感じた。

感じた感覚は僕のものだ。

その演奏者さんには
本当に感謝する。

僕の世界を美しく彩ってくれてありがとう。
おかげで色々思い出したよ。
いろんなアイデアが生まれたよ。

生きててよかった。
出逢えてよかった。

・・・で、
いくら払いましょうか?

******

音を奏で、
僕はそこで唄っている人
だったとする。

僕は意図して、
その観客を感動させようと
したわけじゃない。

いや、感動させようとして、
出来るものではないし、
感動させる方へ導く意図があったら
勘違いだし、邪悪だし、
ずいぶんしたたかだな・・
と思う。

奏で唄う意図として出来ることは、
唯々丁寧に、
インスピレーションに導かれるままに、
やるべきことを演るだけだ。

******

顧客に喜んでもらい、
対価をいただくためではない。

さらに、
願わくば、
もし観客さんが感動してくれたのならば、
それは貴方の経験であって、
僕に対価を払って、
僕が提供したものを受け取るなんていう
チープなものではない。
・・・であってほしい。

******

僕は、
何か深い感動をいただいた
映画や演劇、音楽ライブを観た後、
感謝の感動を伝えるのが
苦手だ。

演者本人に伝えるのはもちろん、
観客同士でも、一緒に行った人同士でも
苦手だ。

言葉なんかでは伝えられない想いを
キャッチした僕は、
大体、
「僕は僕の人生を歩もう!」と
会場を飛び出して、
この目の前に拡がる「完璧な世界」を
愛でてしまう。

それは、
「それ」以前から在って、
「それ」が仮になかったとしても、
この「完璧な世界」は在ったのだ。

その創造主は
僕ら一人ひとりであって、
お互いに響き合いながら生み出している。

******

・・・やっぱり
音楽をやって、
お金は頂きにくいな。

苦手なことを
頑張ってるよな・・・。

「僕の音楽には
これだけの価値があります!」
なんて主張しなくてはならないなんて(涙)。

または、
「価値を付けられないから
売れないんだ」
なんて嘆いたり、

お金を稼げないと生活できない。
なんてプレッシャー感じさせられたり。

何か他に、
ちゃんとお金に出来ることを
職業にして、
「趣味」として好きなように
やればいいじゃん。

という声もよく聞く。

人生で価値を感じ、
労力を捧げたいことをするために、
その時間を我慢して、
日銭を稼ぐことを
先ず、しなくてはならない世界って、
どうなん?

その、
誰かに設定された価値基準を優先して、
自分自身が感じる価値を
相対的に下げざるを得ない社会。

どうなん?

******

いや、
こんな想ってはいけないこと、
言ってはいけないことを、
こうして躊躇なく発言しても
かまわないと思える世になったんだから、
世の中も変わったと思うよ。

昔は、
ず〜っと
「個人の価値」なんて、
「社会(権力構造)の価値」に比べたら
本当にゴミみたいな時代が
続いてきたんだからね。

民があるじの「民主主義」が
権力を掴むまでは、
ずっとどこかの権力者に従事する存在と
指定されてたしね。

*****

最初に書こうとしてたことから
ズレてしまったので、
あらためてもうひとつnote書こうかと思います。

インスピレーションの覚え書きとして・・・

欲しいものを手に入れたい。
(この土地に住みたい。
ここの水を飲みたい。など)

権力者の許可が要る。

許可なく住めば、攻撃を受ける。

「負ける」ということが
相対的に権力が弱いということになる。

権力者の言うことに従う。

現代は、
許可を得るためには
相当の金銭を支払えば、
求めたものが手に入る世の中になった。

誰もが平等に、
提示された金銭を払えば・・・。

その「金銭」を
誰が発行しているか?

「マネーの約束」を締結し、
マネーを所有することが
権力を持つ
ということになってるよな・・・

そんなことを考えていた。

次回、ここら辺を綴ろうと思います。

いや、わかんない。
これだけ言語化できてたら
僕、十分かも知れない。

とりあえず、
一人、誰にも言わずに
漠然と思っていることを
言語化してみました。

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ウクレレ平魚泳
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