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写真の神様の試練を受けた話(記憶に残っている撮影エピソード5 蜷川幸雄さんの稽古場)

 僕がカメラマンとして独立したのは2006年1月でした。その年の5月に渋谷のシアターコクーンで上演された「白夜のワルキューレ」という作・野田秀樹さん、演出・蜷川幸雄さんの舞台作品の稽古場撮影カメラマンとして参加させていただきました。稽古場には何日か通い、時には蜷川幸雄さんの隣に陣取り撮影をさせていただくという幸運にも恵まれました。蜷川さんの役者の魂を揺さぶる言葉。蜷川さんの演出でドンドン変わっていく役者の演技に目を奪われました。ある場面で蜷川さんが小道具係りの方に「そこの転がってくる岩を2、3個足そうか」と言って試してみたところ2、3個ではなく5、6個追加された岩がゴロゴロ転がってきました。それだけで岩が迫ってくる迫力が増したのです。それを見た蜷川さんは「これぐらい多いほうが良いね!わかってるなー!ありがとう!」と笑顔で小道具係の方に言うと「蜷川さんが2、3個追加で満足するとは思えなくて」と切り返していた。なんだこの格好良いやり取りは!これが超一流のプロの世界なのか!と1年生カメラマンの僕は驚来ました。

 別の日に、舞台全体を見渡せる2階のスペースからとあるシーンを撮影する機会がありました。制作の方がやって来て、「これからやるシーンは主要メンバーが出てくるシーンなのでしっかり押さえてくださいね。」と念押しをされました。僕は「わかりました!」と元気よく答えて、そのシーンがはじめるのを万全の体制で待っていました。蜷川さんの合図でそのシーンの稽古がはじまる。僕はカメラを構え、シャッターを押します。

「あれ?」

 押す感触はあるのですが、カメラはパシャっと反応してくれない。何度押してもシャッターが切れないのです。頭が真っ白になりました。えっ!このタイミングでカメラ壊れることってある?一番大事なシーンって言われてるんだよ!やばいやばいやばーいと心の中で叫びながら、足元に予備のカメラを持って来ている事を思い出しました。すぐにそのカメラと交換して撮影を開始。プロのカメラマンは機材トラブルがあった時のためにカメラは最低でも2台用意するという常識が独立して半年も経たずにすぐに活かされました。予備のカメラのおかげで大事なシーンを押さえることは出来たのですが、カメラは一切動かなくなってしまいました。

 翌日、故障したカメラを持って修理サービスセンターに持って行ったところ、担当窓口の人に、「すいません。この故障はうちの責任なので無償で修理しますね。」と言われました。僕は「えっ!無料なんですか?」って聞き返すと、どうやら僕のカメラは一定数のシャッターを押すと突然シャッターが切れなくなるという状態になってしまうリコール対象の製造番号に該当していたらしいのです。

 そのカメラにとって一番重要な撮影シーンに突然ドンピシャで壊れるという偶然って一体なんなんだろうと考えました。奇跡的でさえある。これは写真の神様の試練に違いないと思いました。そうやって、いたずら心のある写真の神様は新人カメラマンをふるいにかけて落としているんだなと。これぐらいで失敗したらプロとしてやっていけないよ、と。とりあえず僕はギリギリ生き残れました。予備のカメラ、超大事です。

 そして、その後もすぐに別の撮影でテストの時まで問題なく使えていたストロボが突然発光しなくなるという恐ろしいトラブルも起きました(後から確認したらストロボの発光菅が切れていました。その時はモデリングランプの光で撮影して難を逃れました)。数々の写真の神様の試練を越えて今に至るわけですが、今でもふとした頃に突然試練はやってきます。

 

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