自分の時間を持っている人(記憶に残っている撮影エピソード10 緒形拳さん)
2007年に緒形拳さんを撮影させていただいたことがあります。取材時間は1時間ぐらいで、最初にインタビューがあり、最後の10分で撮影をするという流れでした。撮影の準備が終わり、僕も部屋の隅っこでインタビューを聞いていました。
時計を見ると、あと10分ぐらいで撮影開始の予定でした。緒形拳さんの撮影ということでドキドキする心を落ち着けようと一人静かに深呼吸でもしようかと思っていたら、ニコッと笑った緒形さんがインタビュアーの方に向かって「もう充分話したでしょう。終わりましょうか。」と言って立ち上がりました。怒ってるわけでもなく、本当にそう感じたから自分が立つ事でインタビュー終了の合図をした感じでした。僕は「え、そんなことあるの?」と驚き、同時に「やばい!撮影始まっちゃうじゃん!」と焦りました。
すぐに撮影はスタートしました。まだ経験が浅い新人カメラマンの僕は必死でした。予定よりも早く撮影がはじまったことで動揺もしていたはずです。時間って不思議なもので、緊張して無言でパシャパシャ撮影していると1分でも長く感じることがあります。逆にカメラマンも被写体もノッて撮影していると5分があっという間に感じてしまうこともあります。この時は間違いなく前者のパターンでした。緒形さんがニコッとして口を開きました、
「もう充分撮れたでしょう。」
うわー!終了宣告きたー!もらっていた取材時間はまだまだ充分あります。でも緒形拳さんは自分の時間で生きています。自分の心の中の時計を見て、終わりと思ったらそこで終わりなのです。「緒形さん、まだ取材時間あるので撮らせてください。」と言っても通用しないはず。そこで僕は思わず正直にこう言ってしまいました。
「まだ充分撮れていないんです!あと少しだけ、あと少しだけ撮らせてください!お願いします!」
本気で心から撮れていない!と思ったのです。うまく言えませんが、誰が見ても緒形拳さんだとわかる写真は撮れています。でも緒形拳さんの何かを引き出してそれを撮影した感覚がなかったのです。これが最初で最後の緒形さんの撮影になるかもしれないし、このまま終わったら絶対に後悔すると思いました。だから、僕は必死にお願いをしました。すると「じゃあ少しだけね。」と言い緒形さんは撮らせてくれました。必死な自分を見て、しょうがないやつだなーと優しく見つめてくれる緒形さん。トップの写真、なんかそんな感じの表情に見えませんか?
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