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シャッター枚数を制限されたのは後にも先にもこの撮影だけという話(記憶に残っている撮影エピソード3 エドワード・ノートンさん)

 2008年に六本木のホテルでエドワード・ノートンさんの撮影がありました。撮影場所であるスイートルームに入ると目の前にエドワード・ノートンさんがいて、既に別の媒体のインタビューを受けていました。彼は我々をチラッと見て、またすぐに話に戻りました。僕らはそこを息を殺して音を立てないように静かに通り過ぎ、奥のベッドルームに行きすぐに撮影の準備をはじめました。

 僕はこの撮影をすごく楽しみにしていました。彼が出ている「ファイトクラブ」、「25時」、「真実の行方」、「アメリカン・ヒストリーX」はどれも素晴らしい映画です。その彼をこれから撮れるのですから!僕はこの寝室とリビングでどうやって彼を撮影しようかイメージを膨らましました。とりあえず、ストロボ機材をバッグから取り出しセッティングをはじめます。するとリビングにいた白人の女性がベッドルームにやってきて僕が出したストロボを見て大袈裟なそぶりでオーマイゴッドとやっています。僕はそのリアクションを見て「ん?なんで?」と思いました。するとすぐに日本人のスタッフが僕と編集者さんの方に来て「ノートンさんはストロボの光が苦手なのでストロボは使わないようにしてほしい」とお願いをされました。僕はそりゃしょうがないよねとストロボをすぐに片付けました。

 気持ちを切り替えて寝室の窓際で撮影する方法を考えはじめます。編集者さんにお願いして、ソファーに座ってもらったり、窓際に立ってもらいテスト撮影をしていました。すると例のオーバーリアクションの白人女性がやって来て、僕がテスト撮影している風景を見て即座にヒステリックな表情をして首を左右に振っている。完全にまたダメって言われるに違いないリアクションです。そこで僕はこれは何か起きてるなと確信しました(残念ながら悪い予感しかないです)。何かがおかしい。現場がギスギスしているし、誰もコントロール出来ていない状況でした。僕は頭のスイッチを非常事態パターンに切り替えました。今日の撮影に関してはもう交渉の余地はないと覚悟したのです。

 案の定、また日本人のスタッフが来て「寝室での撮影はNGになりました」と言います。じゃあ最初から「ストロボはダメ。寝室の撮影はダメ。インタビューも撮影もリビングで!」と言えばいいじゃないかと思いますが、現場は生ものなんです。その人を攻めてもしょうがない。僕は想像します。最初は寝室での撮影も良かったかもしれない。でも何か嫌なことがあって機嫌が悪くなったり、現場をコントロールする側が忖度をしてNGにする場合もある。それはしょうがないことだと思うのです。ひょっとしたらカメラマンに嫌なポーズを取らされたり、インタビュアーの失礼な質問があったのかもしれません。そもそも本人の体調が悪いのかもしれない。時差ボケで眠くて眠くてしょうがないのかもしれない。それでノートンさんの周りのスタッフがセンシティブになっているのかもしれないと。

 僕はカメラを手にしてリビングと寝室の境目のあたりに立って、このリビングでどう撮影しようかと再びイメージを膨らましていました。今はインタビュー中なので、リビングに入ってテスト撮影も出来ません。あそこの窓際に立ってもらったり、ソファーの肘掛に座ってもらうのもいいかもと妄想していました。

 すると毎度NGを告げに来る日本人スタッフの上司がやって来ました(おそらく日本人側の現場の責任者)。僕のイメージ風船はまたまた割られちゃうんだろうなーと僕らを見る彼のマジな表情を見て予感します。彼は僕らチーム(編集者、ライター、カメラマン)に今やっているインタビューが終わったら、すぐにインタビューをはじめてもらい、最後に撮影でお願いをしたい。3媒体合同の撮影ですが、他の2媒体は記者兼カメラマンなので撮影は遠慮してもらい、プロのカメラマンのあなたが3媒体を代表して撮影してもらい、あとでその写真を分けて使ってもらいたい。そしてインタビューが終わったら、ノートンさんはそのままそこに座った状態で撮影をしてほしい。リビング内であっても移動はダメ。シャッター枚数は20枚(3媒体分)で終えてほしい。それは僕が責任を持って彼に交渉しますとざっくりとこんな感じで言われた。シャッターを20枚分切って良いかと交渉するあたりにこれは非常事態どころか緊急非常事態だなと確信した。カメラマンを10年以上やっておりますが、撮影時間じゃなくて、シャッター枚数を制限されたのは後にも先にもこの撮影だけです。

 ようやく僕らの取材時間がはじまりました。こういう場合は本来であればインタビュー中に撮影の準備をするのですが、今回に限って言えばもうやる事はありません。インタビューが終わったら、その場で撮るだけです。でも残り10枚分ぐらいはソファーを少し移動してもらったり、僕がノートンさんの横に座って違う角度から撮ろうかなとか考えていました。そこは撮りはじめて彼の感じを見て決めればいい。そうこうしているうちにインタビューも終わり、撮影がはじまろうとしていました。例のシャッター20枚の交渉人がノートンさんの方に行き、英語で話しはじめます。僕はソファー前に陣取り、ささっと露出を確認したりしていつでも撮影が出来るよう待ち構えていました。すると交渉人がシャッター枚数の交渉のところで信じられない事を言ったのです。20枚じゃなくて彼から出た言葉は「ten times(10回のシャッター)」。僕は「え!嘘でしょ!」と思ったけど、交渉人は彼の勘で20から10に切り替えたんだと思います。20って言ったらノートンさんを怒らせてしまうかもと。するとノートンさんは信じられない事に「ダメ。two times!」と言い放った。今、思えば仮に交渉人が20回って言ったら「撮影はやらない!」になったかもしれません。生ものの現場では明確な答えはない。みんなそれぞれの立場でプロの仕事をするだけなのです。

 このやり取りで確実に理解したことは、ノートンさん本人もガチで乗り気でないということです。そこで僕の心の中にポッと火が付きました。よーし。やってやろうじゃないか!と。そっちがそう来るならこっちもあなたが本気で向き合うまではシャッターを押さないからね、と覚悟を決めました。カメラマン3年目のひよっこだけどプライド持って2枚の写真を撮ってやる!僕は脇をしっかりしめてカメラを構えました。ファインダー越しのノートンさんはグッとこっちを見ています。彼も彼で僕がシャッターを切るまでは瞬きをしないつもりだということが伝わります。その場の緊張感はなかなかのものだったと思います。1秒1秒が伸びている感覚。僕は「よしっ!」と思った瞬間にパシャっと1枚切りました。そして2枚目は横位置から縦位置に構え直して、静かにシャッターを切りました。2回のシャッターで撮影はあっという間に終了。しっかり彼の目を見て握手をしました。

 悪い予感は当たるというけど、自分が感じる予感は良いものも悪いものも受け取り方次第です。生ものの現場には理不尽なことも多い。ムカッとして怒りの感情に支配されることもあります。でも冷静になってそこから何を選択して、見出すか。その場を好転できなくても、やれることをキッチリ出来るかどうかが重要だと思います。同じ現場が二度とないのが撮影の面白いところです。だから撮影は飽きません。そしてたくさんシャッターを押したからって良い写真が撮れるわけでもないということもこの撮影で学んだことです。何より、10年経っても色褪せない話のネタを作ってくれたエドワード・ノートンさんには感謝しかありません。

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