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20241208 何をかじるねん?

「で、お前は何をかじるねん?」と、目の前の鳥内監督に訊かれた私は緊張していた。鳥内監督といえば関西学院ファイターズで長年監督を務めた名将である。学生アメフト界最強の常勝軍団をつくりあげた、たったひとつの問いが「どんな男になるねん?」だったことはアメフトファンなら知っている人も多い。

▼「よう考えてみい。白石加代子はタクワンを齧ったわな。鶴屋南北の台詞を言いながら、タクワンを齧って舞台上で排泄をして、そうして伝説になった女優がおるんや。」「はい。」「で、お前は何をかじるねん?」「そうですね…。」と言って間を取りながら、こんなことになるなら予めしっかりと考えてくればよかった、と己の準備不足を恨んだ。

▼そういえばマキシマム ザ ホルモンというバンドに『耳齧る』というアルバムがあったな、と思ったけれども「耳齧るのか、俺………誰の?」と思うとたくさんの疑問符が頭に浮かんできて、すぐに頭のなかが一杯になってしまった。人の耳を齧るイメージがまるで浮かばなかった。

▼私が舞台の上で齧ったことがあるのはせいぜいカブである。カブをひとくち齧って「カブだ…」と吐き捨てて、そのままコロブチカに乗って『おおきなかぶ』のシーンを演じていた。でもしかしカブのシーンでカブを齧ったのでは、それはただの説明というか強調であって、今ここで問われていることの答えとして、批評性という観点からはやや弱いんだろうな、と思った。

▼というかタクワンをかじったら塩辛くて、喉が渇いて渇いて仕方がないんじゃないか、と思うと60年くらい前の怪物みたいな女優さんの体調が急に心配になったりもした。どのくらいの期間で何ステージ上演したか詳しいところは曖昧だけれども、昼と夜で1本ずつタクワンをかじるとなったらそのために少なくとも2リットルの水は必要だったろうな、と思う。そうして水分を沢山摂ったがための舞台上での排尿だったのか?などとぐるぐると考え込んでしまった。いよいよ芳しい答えは浮かばない。

▼顔を上げると、鳥内監督は腕を組んで、私のことをまっすぐに見つめていた。ややもすると滑稽に見えてしまいそうな口髭も、今この沈黙の死に間にあっては妙な威厳をもって私を制圧しようとしている気がした。「ビーツ、を齧ろうと思います。」「ビーツ?」「はい。ビーツです。ビーツを齧ります。」「ビーツか……。」と、監督は二間ほど何かを考えていた様子だったが、一言「おう。そんならそれでええ。」とだけ言うとさっさと部屋を出ていってしまった。「ほんまにビーツでよかったんか?」と私は私に問い(いつの間にか関西弁になっていた)、まるで自信はなかったけれどもこれは男の約束なので果たさなければならない、と思った。そうして私のラストシーズンが始まった。

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◆2024年の年末に『桜の園』をソロで上演します。詳細はこちらをご覧ください。


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「一枚の舞台の床が、才能のゆりかごに。
野外で自由に演劇を上演できるようにするための所作台をつくりたい。」

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平泳ぎ本店/Hiraoyogi Co. 第8回公演
戸山公園野外演劇祭参加作品
『若き日の詩人たちの肖像』
2024年 5月17日(金)ー19日(日)
各日18時30分開演(17時45分受付開始・開場)

※雨天決行

於:戸山公園(箱根山地区)陸軍戸山学校軍楽隊 野外演奏場跡https://g.co/kgs/Ksc4VNJ

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