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ずっとあなたがいてくれた第二十二話

 かすみ、かすみ、そう呼ぶ声がずっと聞こえていた。――誰? ずっと向こうのほうに光が見えた。声はそこから聞こえている。行かなきゃ。でも立ち上がろうとしたら、足が震えて立つことができない。まさか。どうしちゃったの? 立てるはずじゃない?

 そう思って何度も立とうとするけどできなくて、とうとうあきらめかけたとき、肩に手を置かれた感触があり、振り向いた瞬間、すっと立つことができた。「かすみ……!」声のしたほうを見る。「……お母さん?」母の姿が急速ににじんでいった。お母さん……お母さん私ね、話したいことがあるの、聞いてほしいの、そう言っているつもりなのに、何も聞こえないかのように母は目を真っ赤にして、よかった、よかった、と私を抱きしめる。私はもどかしい気持ちでいっぱいだった。

 周囲を見まわすと、ベッドのすぐ脇にモニターがあり、数字がいくつも点滅している。今なら声が出る気がして、思い切って言ってみる。「ねえ、お母さん」母は私から身体を離し、「何?」と問いかける。「ここ、どこ?」母は不安そうな顔をして、すぐに微笑み、「どこでもいいじゃない。私がいるんだし」と言ったけれど、なぜだかその声は弱々しかった。ふと、目の前が曇っていることに気づく。そういえば視界もクリアではない。なんだろう、靄がかかっているような感じ。「もしかして、病院……?」

 母は硬い表情でうなずいた。「如月さんの、下の息子さんが知らせてくれたの」「そうだ、タカシ!」勢いよく飛び起きて、がくんとなった。何かに阻まれている?「ダメよ起きちゃ! あなた意識を失ってたのよ!」看護師さんが入ってきて私を寝かせようとする。「行かせてください、タカシが、タカシが如月先生と決着つけるんです。お願い行かせて――」

「僕がどうしたって?」病室に入ってきた彼は、疲れているようだった。「先生、あの家に行ったんでしょう? タカシは? タカシも来たのよね?」だめ、刺激しないで、と母がつぶやく。刺激って?と思ったとき、「ああ、来たよ」「如月さん!」母が怖い顔で叫ぶ。「すみません、かすみちゃんと二人にしてもらえますか」「そんなことできるわけないでしょう! あなた状況がわかってないの?」「お願いします」

 彼が頭を下げると、母は戸惑ったように看護師さんを見た。看護師さんも困った顔をしたけど、「ではすみませんが、部屋の外で聞いていていただけますか。何かあったらすぐに入ってくださってかまいません」「わかったわ」母はうなずいて部屋を出ていった。母の様子を見て大丈夫だと思ったのか、看護師さんも出ていき、私たち二人だけになった。

 ベッド脇の丸椅子に腰をおろすと、彼は私の手を取った。「ごめんね、置いていく形になって」「ううん、平気」「タカシと話した。かすみちゃんにもう迷惑かけないと約束させたから、安心して」呆気にとられる。「それだけ?」「ああ」「うそ! そんなはずない!」「かすみちゃん……お願いだよ……」彼の声が震えていた。

第23話へ続く

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