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テロリストの肖像(BFC4二回戦に進んだら出す予定だった作品です)

ユーリの夢を見た。いつもと同じ笑顔だった。アメリカで、スクールバスの運転手をしていたユーリ。バスジャック事件を起こして射殺されたユーリ。子供の僕は下を向いたまま、ずっと黙っている。じゃあなユート、元気で。ーーユーリ!
 大きく伸びをして身体を起こすと、留置管理課の「担当さん」と目があった。
「弁護士の接見だ」
「えっ、この前来たばかりなのに。何かあったのかな」
知るか、と顎で接見室を指し示す。おとなしく移動した。
「おはようございます」
「おはよう、急に悪かったね」
「いえ」
「調子はどうかな。何か変わったことは?」
「別に……、夢を見たくらいで」
「どんな夢?」
「ユーリの、バスジャック犯の夢です」
そうか、と弁護士はつぶやいた。
「実は君に会いたがってる人がいてね。倉橋雅行というんだが」
ーー倉橋? 
「気づいたようだね。同じバスに乗っていた倉橋保の従兄だ」
「なぜ」
「君が通り魔事件を起こしたからじゃないか。ああ、いじめ事件への興味もあるかな」
首をかしげた。どうつながるのかわからない。
「中学時代、君がいなくなってから転校してきて、だいぶ苦労したらしい。会ったこともない君との関係を問いただされ、辟易したそうだ」
「そうですか。それは、気の毒に」
弁護士はうなずいた。
「で、どうする。会ってみるか」
驚いて弁護士を見る。
「私はいたって真剣だよ。もっとも、君の準備ができていないなら断る。どうかな」
首を大きく横に振る。無理だ。
「わかった。断っておく。また来るよ」
 接見室を出ると担当さんが待っていた。ユーリを懐かしく思い出す。皆に愛されていたユーリ。
 同じ郡にはいくつか学校があり、すべてを回るので行きも帰りも時間がかかった。いつしか皆ユーリに悩み相談をするようになり、僕は日本へ帰りたくないと言った。
「親の言うことは聞いた方がいい」
「そうだね」
「だが俺の家に来れば」
ーーえっ?
「ずっとこの国にいられるぞ」
僕たちは顔を見合わせて笑った。
 でもユーリはテロリストだった。停車したバスの中、僕たちは耳をすませた。人質、要求を拒否。その言葉で、皆ユーリをテロリストと断じた。
「あんなに親身になってくれたじゃないか。ユーリはいい人だよ」
失笑が起きた。
「話を聴くのは当然だろう。仕事の一部だ」
「そうさ、どんな凶悪犯だってお年寄りには席を譲るし、道案内もする」
 彼らは皆死んでしまった。ユーリが怒鳴りながら入ってきて、子供たちを一人ずつ連れて出ていった。銃声がとどろき、また一人、また一人とユーリが連れていく。
「もういや!」
窓から逃げようとした女の子は、背中を撃たれて崩れ落ちた。その直後に彼が連れていかれた。倉橋保。ユーリが興奮してまくし立てる。チャイニーズと何度も言った。チャイニーズ、つまり中国人。
 保の父親は、保を中国人として学校に通わせていた。そのことに、保は複雑な思いを抱いているようだった。
「日本人と知られないようにしろって、パパが」
「どうして?」
「過去に日本人を強制収容所に送ったから、日本人とわかったらまた同じことをされるって」
そんなバカな、と僕は言った。
「僕もそう思う。でも逆らえないんだ。ママもおばあちゃんも、パパには逆らえない」
だけど、と保は目を輝かせた。
「ゆうとくんと同じ学校に行けば、日本人って言える気がする。公立で、自由なんだよね?」
「そうだけど、お父さんが許してくれるのか」
「わからないけど説得する。だから教えて、学校の良いところいっぱい」
バスジャック事件がなければ中学も高校も、大学も保と一緒だったかもしれない。きっと楽しかったはずだ。
「ユーリ!」
 ありったけの声で叫んだ。保は中国人じゃないと言うつもりだった。ユーリが振り返る。
 全身の毛が逆立ち、衝撃が走った。やっとのことで言葉を絞り出す。
「ユーリ……? 本当にユーリなの?」
 歩き出すユーリ。急に怖くなった。何もかも夢のようで、だから目を閉じた。目が覚めたら保と一緒だと思った。だって目を閉じる前、僕を見てうなずいたんだ。先に行くよって。
 それなのに。ひどいよユーリ。どうして僕だけ。
 帰国して何度もいじめに遭ったけど、誰も殺してくれなかった。皆、僕を怖がった。だから死刑になろうと思って、ユーリと同じだけ殺したよ。
 でも保の従兄なら……ユーリ、どう思う? 保の従兄なら、僕を殺してくれるかな?
 

おわり



この作品はBFC4の二回戦に進んだら出そうと思って書いたものです。三部作の二作めです。
一作めはBFC4落選作品『ある事件/小田嶋悠人』です。

三部作の最後となる三作めはこちらです。
あわせてお読みいただけましたら幸いです。


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