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ずっとあなたがいてくれた第十二話

「小さいころあなたは身体が弱くて、しょっちゅう熱を出してた。お父さんの知り合いから転地療養をすすめられてね。二人でこの家に住んでいたの」
 母が絵をテーブルに広げる。「ここはその人の別荘で、自分たちもときどき利用するから遠慮しなくていいって」「さっき写真見つけたの。ここの写真。私とお母さん、お父さんより年上の男性と、男の子がうつってた。その男性が議員の如月さんで、お父さんの知り合いってこと?」「そう、如月さんと、下の息子さん」「下の?」母はうなずいた。「上の息子さんが写真を撮ってくれたのよ。写真が趣味だって。覚えてない?」「覚えてない……」
 彼に、お兄さん……。なんだろう、何かがひっかかる。
「でも今日は驚いたわ。如月さんの息子さんから訪ねたいと電話があって、その理由がこの絵だったのよ。かすみも絵を取りにきたと知って、返してもらおうと追いかけたらあなたと話してて、あなた急に走り出すし、絵は返しておいてくださいと託されるし」
「ねえお母さん」「何?」「如月さんの後継者は、堀田タカシっていう、如月先生の幼馴染なの。タカシ本人に聞いたから間違いないと思う。先生が事故に遭って記憶喪失になったから、自分が引き継いだんだって。高校のときも、お兄さんがいるなんて聞いたことなかった。お母さん、何か知らない?」本当は何か知ってるよね、と聞きたかったけど、さすがに気がひけた。「かすみ、あなた本当に何も知らないの?」「え? どういうこと?」
「お待たせしました」母の頼んだケーキが来て、ドリンクバーのことを思い出す。「飲み物とってくるね。お母さんは紅茶?」そうね、お願い、と言われて立ち上がり、ドリンクバーまで歩いていった。
 どういうこと? 私が本当に知らないのかって? 彼のお兄さんに何があったのだろう。知りたい気持ちを一瞬やりすごして、写真のことを考える。写真を見て絶望的な気持ちになったのは、あの写真自体のせいだったとしたら? つまり彼と私は身内でもなんでもなく、写真を見て思い出しかけた何かが、気持ちの落ち込む原因だったのではないか、ということ。
 何より、当時のことを何も覚えていないのがおかしい。何かがあって、その何かを思い出したくないんじゃないかと疑いたくなる。たとえば彼のお兄さんにかかわるような……。
 急に背筋が寒くなった。怖くてたまらない。何があったか知りたいのに、
知ってはいけないと警告されているようだった。両腕で自分を抱きしめるようにしゃがみこむ。「大丈夫ですか?」ハッとして、声のしたほうに目をやると、グラスを持った人が心配そうにしている。「大丈夫です、すみません」
 立ち上がり、会釈をして席に向かうと、恐怖が薄れてきた。でも、どうしたらいいかはやっぱり分からなかった。

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