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古賀コン4応募作品「コンビ解消するときに起きるかもしれないこと」

 漫才コンビを解消することになった。俗に言う方向性の違いというやつだ。方向性なんてあって無いようなもので、そう言っておけば体裁が保てるみたいな意味しかない。  
 ネタは僕がずっと作っていた。それを相方が適当に、超テキトーに演じて僕がツッコミを入れる。相方あってのコンビと言われ、やっこさんすっかり得意になっていたが、僕のネタがなければ何もできない。そう指摘するとぶち切れて、つかみかかってくるのだが、本気でないのは僕にだってわかる。ポーズだ。俺をディスるのは許さないというポーズ。そういうとき目をそらしてはいけない。
 奴の目を正面から見据え、僕は煽り続ける。
「じゃあ自分でネタ考えてみろよ、クソおもしれーもの書けんだろ? 俺なんかよりずっとおもしれーネタをよ!」
 奴は僕の襟首をつかんだまま固まる。そして目が泳ぎだす。こうなったら時間の問題だ。襟首をつかむ手に力が入らなくなる。ついに僕から手を離し、はあ~と大きく息を吐いて、すみませんでしたっ!!と大声で叫ぶ。もちろん、そこで赦すようなことはしない。
「すみませんって何が? お前はいったい何を謝ってるんだ?」 
 何度も何度も責め立てる。いつまでかって? 満足いく答えが出てくるまでだ。
 相方は小声でボソボソと何かを言う。
「聞こえねえよ!」 
 楽屋のパイプ椅子を思い切り蹴る。相方はびくっとして、挙動不審になる。ここまで来れば、完落ち土下座は目の前だ。
 念のため。僕は土下座しろなんて言ってない。ひと言もね。
 そんなことを繰り返していたら、弁護士同席のもと、コンビ解消を申し入れてきた。それだけじゃない。慰謝料を請求するという。近々訴状が届きますからと言われた。僕は冷静に、極めて冷静に、わかりました、と言って頭を下げた。弁護士も相方も、あてが外れたという顔をしている。僕が椅子を蹴ったり怒鳴ったりしないから調子が狂ったのだろう。内心、僕はほくそ笑んでいた。
 弁護士が見ているところでは、絶対に激昂してはいけない。感情的な振る舞いをする人間だと思われたらアウ卜。僕は思う存分二人を見下しながら、裁判に備えることにした。

 第一回口頭弁論当日。漫才コンビの内紛とあり、カメラの数が半端なかった。夜のニュースでトップのネタになるのだろう。心の中で再びほくそ笑む。格好の舞台が用意された。
 まず原告、つまり元相方の訴状が確認される。続いて被告である僕の答弁書だ。訴状に対する認否と自分の主張を書いて裁判所へ提出し、その後裁判所から原告へ送られる。争点を整理するために弁論準備が行われ、争点が整理されたら必要に応じて証人尋問が行われる、というのが通常の流れだが、果たしてそううまくいくだろうか。
 訴状を確認し、僕の答弁書を確認……しようとして皆困惑している。元相方も同じだ。たまらず笑いがもれた。おかしくてたまらない。だってそうだろう。僕が書いたのはただひと言、「記憶にございません」なのだ。しかも診断書を添えて。さて、やっこさんどうするかな――。


※この作品は古賀コン4(第4回私立古賀裕人文学祭)の応募作品であり完全なるフィクションです。

※作品の執筆にあたり、下記のホームページを参照しました。


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