「ダンスはうまく踊れない」古賀コン第7回応募作品
ダンス・ダンス・ダンスという村上春樹の小説があります。登場人物のうち、五反田くんという人がマセラティ(マセラーティだったかも)に乗ってるんです。彼は主人公の友達で、マセラティなんて放り投げてしまえばいいみたいなことを主人公が言ったとき、そうしてもランボルギーニが来て、また放り投げてもフェラーリが来てというように、自分にはイタリアのスポーツカーが与えられる運命なんだと言うのです。車の順番は違っているかもしれませんし、車の種類も違っているかもしれません。ずいぶん前に読んだのでよく覚えていないのですが、でもマセラティに乗っていたのは覚えています。
なぜかというと私はマセラティを知らなかったからです。だからこそ、どんな車だろうかと思いました。まだスマホもない時代です。気軽に検索はできませんでした。ちなみにランボルギーニとフェラーリは知っていました。スーパーカーブームは(他人事でしたが)経験しましたから。スーパーカー消しゴムとキン肉マン消しゴムはめちゃくちゃ流行りましたね。
さて話を戻すと、マセラティがずっと記憶にこびりついて離れなかった私にもマセラティを目にする機会が訪れました。夫の運転で外出した際、すぐ前の車がマセラティだと夫が言ったのです。どの辺を走っていたのか覚えていません。他にもベンツやジャガーが走っていたと思います。ベンツやジャガーはスーパーの駐車場でも見かけたので知っていました。でもマセラティは見かけなかったのです。だからマセラティと聞いて私は興奮しました。
この車が、あの!!
興奮冷めやらぬまま、五反田くんのことを思いました。もしダンス・ダンス・ダンスが実写化されたら五反田くんは誰に演じてほしいかと友人と話したことも思い出しました。
誰がいいと言っていたかは忘れました。
後ろから見るマセラティはとても素晴らしい車でした。車体の曲線が本当に素晴らしかったです。ほれぼれしました。乗ってみたいとさえ思いました。けれど私は運転免許取得以来ペーパードライバーだったので、運転など怖くてできません。車に乗る時は助手席か後部座席と決まっていました。それに夫は国産車を好んでいたので、助手席であっても高級外車に乗るなど考えられませんでした。本当にほれぼれする車だったけれど、乗るなんて夢のまた夢。そう思っていたのです。
こう書くと、もしかして乗ることができたのか?と思われるかもしれませんが、残念ながら乗ってはいません。いえ、特に残念ではないのかもしれません。乗ってみたいとその後もしばらく思っていたけれど、今は特段、乗りたいとは思いません。美しいフォルムを鑑賞するには、車の外にいなければいけないからです。乗ったら全然見えないですよね?
今でも、車で外出するとたまにですがマセラティを見かけます。最初目にしたときのような興奮はありませんが、安らぎを感じ、とても満たされた気持ちになります。存在自体に感謝したくなるのです。ありがとう皆さん。皆さんに平和が訪れますように。かしこ
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ダンスの授業をサボった反省文としてこの文章を提出した。高校生の反省文として車について書くのは適切だろうかと一瞬(ほんの一瞬)考えたが、問題ないと判断した。マセラティだから。ダンス・ダンス・ダンスで五反田くんが乗ってる車だから。実は中身が50代のオバサンであることは書かずにおく。だって書かれても困るよね? なんか突然入れ替わったっぽいんだけど、いろいろ訳分からなくてやばい。でもなんだかんだ毎日楽しい。高校生の愛ちゃんも楽しいといいな。見た目50代のオバサンだけど。愛ちゃん、浜辺のゴミ拾いボランティア行ってるかな?
ダンスは体育らしいので、体育の郷田先生に提出する。郷田先生は斜め読みして言った。
「これのどこが反省文なんだ?」
「全部です」
「全部ぅ?」
郷田先生はそのあと何も言わなかった。しばらくすると反省文を手に席を立ち、職員室を出ていった。手持ちぶさたになったので職員室を見回す。特に何もない。いや、なくはない。あるべきものはある。私の興味をひくものがないだけだ。立っていたら疲れてきたので郷田先生の椅子に座った。誰かに何か言われたら郷田先生を待っていたら疲れたので、とか言えばいいんじゃないか。そんなことを考えているうちに戻ってくるかと思ったが戻ってこない。すでに大半の先生たちが帰っていて人がまばらな職員室で、自分は何をしているんだろうと思った。ウソです思いません。ただ郷田先生を待ってるだけです。どこ行っちゃったのかな。いつ戻ってくるのかな。と思いながら郷田先生の椅子に座って回っていたら目が回りました。
目が回ったついでに立ち上がり、ふらふらと身体を動かした。左右で同じ動きをする。なんか踊ってるみたい? これがダンスの授業の代わりでよくない?
そう思ったら無性に可笑しくなって、身体はふらふらくねくね動きながら、声を上げて何度も笑った。