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ずっとあなたがいてくれた第九話

 翌日は前から伝えていたとおり休みを取って実家へ行くことにした。部長からクレームも来ないだろうし(来ないことを祈るという意味も含めて)、このチャンスを逃したら、あの絵を見つけることができなくなるかもしれない。なんとなく、そんな気がした。
 ひとり暮らしのマンションから電車で一時間。通えない距離ではないけど、一人のほうが気楽だし、電車の時間を気にしなくてもいいからじっくり仕事に取り組める。そう思ったのだけど、一人が気楽なのはさておき、仕事を終えて帰っても食事を作る気にならないし、部屋は荒れ放題だし、誤算だらけ。かといって実家に戻ることは考えられない。
 最寄り駅で電車を降りてからバスで十五分。バス停からはすぐだけど、夜は本数が少なくなるので、何時に家に着くかわからない。仕事柄、連絡待ちなどで決まった時間に帰れないことも多く、実家から通う選択肢はなかった。もし母が引っ越すなら戻ることも考えるけど、母は近所の人たちにお花を教えているので、引退するまでは無理だろう。
 実家の最寄り駅でバスの時間を確認し、母に電話した。一年くらい帰ってなかったから驚かれたけど、駅前のスーパーでメロンが安いから買ってきて、と言われた。「あんたも好きでしょ、アンデスメロン」「えっウソ、安くなってるの? 買う買う」喜び勇んでスーパーに入ったけど、どこにも見当たらない。店員さんに尋ねたら、ついさっき売り切れたのだという。母もレッスンが立て込んで外出できなかったのだろう。仕方ないな。
とはいえ手ぶらで帰るのも気がひけるので、悩んだあげく、和菓子屋で季節
のお菓子を買った。バスに揺られながらあの絵のことを考える。文化祭シーズンだったかな。有志による展示を見たあと、美術室に行ったら二人がいて、いつものように議論していた。そのやりとりを聞いているうちに、思い立って描いたものだった気がする。いや違う。試験期間だったかな。自信なくなってきた。いずれにしても、絵を見た彼が息をのんだのは覚えている。
「すみません、降ります!」
 女性の声で我に返る。大丈夫、次だ。バスが発車した。アナウンスが流れ、降車ボタンを押す。バスを降りるとき、彼の姿を見た気がしたけど、さすがに
気のせいだよね……。
 ドアを開け、ただいま、と声をかける。しーんとして、まるで誰もいないみたい。おかしいな、母はいるはずだけど。誰も出てこないので、上がるよ、と言ってまず台所に和菓子を置き、それから二階の自分の部屋へ行った。「さてと」記憶を頼りに絵を探す。高校時代のものはだいたいこの辺に保管していたはず……。「あれ?」

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