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阿賀北ノベルジャム『有限会社新潟防衛軍』スピンオフ掌編『余はいかにしてバッドウーマンとなりしか』 #いぬねこグランプリ(作品本文2256文字)

 この作品『余はいかにしてバッドウーマンとなりしか』は阿賀北ノベルジャム2022の作品『有限会社新潟防衛軍』スピンオフ企画に参加している二次創作掌編です。企画の詳細は以下のツイートをご参照ください。


*ここから本文(2256文字)*

 岸本真弓は懸命に、真摯に努力してきた。新潟のため、理不尽な要求にも、顎で使われることにも耐えてきた。しかし今、その忍耐は消え去ろうとしている。彼女にもたらされた党本部からの速達がすべてを変えたのだ。
「もう限界......」
 天井を見上げ、真弓は呟く。確かに自分は東京で生まれ育った。新潟とは縁もゆかりもない人間だが、新潟を愛する気持ちは誰にも負けないと自負している。それなのにーー。
 速達本文を要約するとこうである。
近々視察に行くので党幹部とゼネコンの人間を接待してほしい。綺麗どころを集めるのも金がかかるしキャバクラ行って文真砲浴びるのもねえ、ってことでよろしく真弓タン!
「ふざけるな!!」
 封筒と便箋をくしゃくしゃに丸め、それだけでは足りず、さらに力を入れて圧縮した。もはやゴルフボールより小さくなった物体を両手で持ち、大きく振りかぶってゴミ箱へ投げ込む。あまりの勢いにゴミ箱が大きな音を立てて回転した。
「ざまあ見ろ」
 彼女には未来党党首のあわてふためく姿が見えていた。狙いを定めて打ったつもりがバットは空を切り、青ざめる党首。キャッチャーミットに吸い込まれる音、「ットライーク、アーウッ!!」のコール。リトルリーグで奪三振王に輝いたこともある真弓の球を打つなど、おっさんには不可能もいいとこなのだ。

 真弓は小学六年生のとき、田舎に留学するプロジェクトで新潟へやってきた。三週間のホームステイを通じ、都会の子どもたちに地方の魅力を知ってもらうプロジェクトだ。クラスメイトが祖父母の住む地域を希望したのに対し、真弓は縁もゆかりもない新潟を希望した。本当にいいのか、誰も知り合いがいなくて大丈夫なのか、無理に田舎へ行かなくてもいいんだぞーー教師たちは真弓に翻意を促したが、彼女の決意が揺らぐことはなかった。
 ホームステイ先のみんな、クラスメイトたち、近所の人たちも。真弓の脳裏に、選挙戦を支えた人々の顔が浮かぶ。彼らの笑顔のために頑張ろうと思った。東京から来た見ず知らずの子どもを笑顔にしてくれた人たちのために。いまだ何も果たせていないのは未来党のせいーーいや、すべて私のせいだ。
 選挙戦の最中、後援会長の都合が悪くなり、応援演説が中止になったことがある。途方にくれる真弓に声をかけたのは、地元選出の国会議員だった。代表質問で与党を慌てさせた切れ者である。彼は言った。「お困りのようですね。実はずっとあなたに注目していました。あなたのような人こそ未来の新潟にふさわしい。ご迷惑でなければ、私に応援演説をさせてもらえませんか」
 きっぱり断るべきだったのに、空いた時間をどうするかで頭がいっぱいだった。一度だけのつもりでお願いしたら、その後すべての応援演説を取り仕切るという。どんなに頼んでも、泣き叫んでも、選挙戦を降りると言っても無駄だった。
「我々の力を利用しない手はないでしょう。地域に根差した活動のできるあなただからこそ、中央とのパイプもアピールすれば当選間違いなしですよ」
 そうかもしれない。一度は納得しかけたものの、やはり嫌だと未来党の県議に泣きついた。立候補を模索したとき、かつてのホームステイ先に紹介された人物だ。政治の先輩として相談に乗り、私設応援団を立ち上げ、最終的に真弓の背中を押した。彼ならばきっと。期待を込めて訴えるが、渋い顔で諭された。
「新潟のために仕事するには、中央と喧嘩するわけにいかないんだ、こらえてくれ」
 絶望した真弓は活動に身が入らなくなった。入れ替わるように党主導で選挙戦が行われ、気づけば私設応援団は一人もいなくなっていた。LINEグループからも外され、メディアには地縁も血縁もない落下傘候補と叩かれた。誰のために選挙を戦ったのか。笑顔にしたかった人たちは皆、私を見て苦い顔をする。裏切られたと思っているのだ。私も裏切られた。他ならぬ私自身に。
 
 真弓は深いため息をついた。
こんな自分に新潟を背負って立つことなどできるのだろうか。
県知事に立候補したのは間違いだったのだろうか。
当選して以降、この二つを自問しなかった日はない。しかし毎回同じ答えにたどり着く。選ばれた以上は全力で取り組むのみ。
 とはいえ、失われた信頼を取り戻すのは容易ではない。今からでも見られるだろうか。新潟の人たちの、これ以上ないくらいの笑顔を。そう考えたとき、先ほど会った二人、いや三人を思い出した。有限会社新潟防衛軍を名乗る男女二人組。それから、二人より年かさの男性がいた。猪狩丈太郎と名乗り、猪狩前知事の弟だと言った。
「そういえば」
 あの台本、どうしたんだったかな。あまりの馬鹿馬鹿しさにシュレッダーにかけたんだったか。いや、思い止まってデスクの上に置いたのか?
 執務室を探し回る。「あった!」なんと、シュレッダーに途中まで飲み込まれていた。厚みが幸いして止まったらしい。スタートを押し、逆回転して吐き出させる。問題の部分は無事だった。あらためて読みながら、真弓は頬が緩むのを抑えられなかった。
 これこそ今の私にふさわしい。裏切ったと思われているなら、そのイメージを利用するのだ。倒される私を見て快哉を叫んでくれたらいい。人々の笑顔を取り戻すためなら、私はどんな目に遭ってもかまわない。
 悪の組織も未来党にぴったりではないか。県知事に接待させる党なんて、滅んでしまえばいいのだ。
 真弓は笑った。大声で、すべてを破壊し尽くさんばかりに。高らかに笑うその声は県庁じゅうに響きわたり、全職員を震え上がらせたのだった。(作品本文2256文字)

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