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ずっとあなたがいてくれた第十話

高校時代のあれやこれやを詰め込んだ段ボールの位置が変わっている。それだけじゃない。開けた形跡もある。私以外の誰かが入ったってこと? 急に背筋が寒くなった。「あら、来てたのね」母の声がした。振り返ると、目の周りが赤いように見える。「どうしたの」「何が」目の周り、と言おうとして、母の顔つきが険しいことに気づいた。視線の先にあるのは段ボール箱。「ねえ、お母さん」箱を見たまま、私は母に語りかけた。「この部屋、誰か入った? 箱の位置が変わってるし、開けた形跡もあったの。何か知らない?」
 気のせいよ、誰も入ったりしてないわ、そう返ってくると思っていた。でも母は何も言わない。「ねえってば」振り返った私から目をそらし、母はその場から去った。あわてて追いかけたけど、階段を下りたところで見失ってしまった。そんなに広い家じゃないのに、どこにいるかわからない。お母さん、と呼びかけても返事がないし、気配もしない。どこ行っちゃったんだろう。
 仕方ないので部屋に戻ろうとしたとき、不意に思い出した。バスを降りるときに見た男性。もしかして、本当に彼だったのかもしれない。根拠なんて何もない。でも彼は、私が絵に描いた場所を知っていた。自分でもその場所を絵に描いたのだ。
 それはつまり、母のことも知っていたのでは? 母のほうも、彼を知っていた。私
と母は、私が高校に入るよりもずっと前に、彼と知り合いだったのだ。そうとしか思えない。ほかに可能性があるなら教えてほしい。じゃあなぜ、私は彼のことを覚えて
いなかったのだろう。幼いときのことだから? それとも何か、すごく嫌なことがあったからなのか……?
 部屋へ戻り、高校時代のものを詰め込んだ箱だけでなく、それ以前のものが入った箱を、すべてひっくり返して探した。あの絵はなかった。たしかに入れたはずなのに。でもまだ探すものがある。何を探しているかもわからないけれど、見つけたらきっとわかるはず。そう直感していた。そして、ついに。「見つけた――」
 それは一枚の写真だった。母と幼い私、それから彼と、おそらく彼の父親の四人が、森の中の家の前で、笑みを浮かべて写真に収まっている。高校時代に会ったとき、彼だとわからなかった。この写真の面影が色濃く残っていたのに。私のことはきっとすぐにわかっただろう。初日に美術準備室に入ったとき、彼がおや、という顔をしたのは、絵に興味があったのか、という意味合いだったかもしれない。あるい
は、別の意味合いがあったのか……でもどんな? わからない。わからなすぎて、頭がおかしくなりそう……。
 写真を手にしたまま階段を下り、ふらふらと外へ出た。父は私が幼いときに亡くなった。母からはそう聞かされていた。アルバムに父の写真はない。ひょっとして。まさか。でも。                     「――かすみちゃん」顔を上げると、そこには彼がいた。涙があふれる。この五年、ずっと会いたかった。事故で大変でしたねとか、アトリエの絵を見ましたとか、言いたいことはたくさんあった。でも私の口から出たのは。
「おにいちゃん……」この一言だけだった。

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