ずっとあなたがいてくれた第十七話
アトリエを出てふうっと息を吐く。切り替えなきゃ。
タクシーを拾おうと手を挙げたところで、部長と飲んだバーを思い出した。少しアルコールを摂取したらよく眠れるかも。乗り込んでバーの名前を告げると、運転手さんはうなずいて車を出した。
後部座席に背中をあずけ、彼との逢瀬に思いを馳せる。行くなと言われたけど、そんなわけにはいかない。記憶を取り戻すチャンスなのだ。
執念深いからどんな目に遭うかわからないとタカシは言った。それが本当なら、なぜ高校時代に何もしなかったのか。復讐するなら、私を見つけてすぐだってよかったはず。なぜ今になって? それが知りたいから彼に会う。私にとっての最重要課題なのだ。誰になんと言われようとも、会わない選択肢はなかった。
タクシーが止まり、運賃を払って外に出る。少し歩いて、バーへと続く階段を下りた。ドアに手をかけようとしたとき、お店の人が出てきた。「どうも」会釈をすると、その人は微笑んだ。「ちょうどよかった。今日はもう終わりにしたので、ゆっくりできますよ」「いいんですか?」「もちろん」そう言ってもう一度微笑むと、「いつか、ゆっくり飲んでほしいなと思っていたんです」まぶしい笑顔に誘われて中へ入る。すすめられるまま、つまみとお酒を口にした。とても贅沢で、素晴らしい時間だった。気づけばもう12時を回ろうとしている。
「どうしよう、明日仕事なのに」そうつぶやいた瞬間、どうでもよくなってしまった。明後日は彼に会うから仕事は手につかないだろうし、明日一日でできることなんてたかが知れている。いっそ二日間休んじゃおうか。
「休暇ですか、いいですね」グラスを拭きながら、さっきの人が言う。うわ、全部声に出てた。しょうがないと開き直る。「あんまり休むと、出社して机がなかったらどうしようとか思っちゃうんですけどね」「いいんじゃないですか。それならそれで」
「そうですか?」「そうですよ。何なら、うちで働いてもらっても構いません」「本当ですか」もちろん、と微笑みながらうなずいてくれる。
いざとなれば何をしたっていい。そう思ったら、気持ちが楽になった。楽になった勢いで社長にメールする。『諸事情で明日からしばらくお休みします。すみませんがよろしくお願いします』送信して、電源を切る。
グラスの中味を飲み干して差し出すと、おかわりとともに「もしよければ……」と言葉が降ってきた。「どんな方なのか、教えていただけませんか。差し支えなければですが」差し支え、ないよね多分。思い切って彼とのことを話した。タカシに会うなと言われたことも含め、何から何まで。「会わなきゃいけないと思ってるのは本当だけど勢いもあって、ほら、反対されるほど燃え上がるって言うじゃないですか」
なるほど、と微笑み、「会うべきです。絶対に」と言ったその人の顔に、微笑みは浮かんでいなかった。
第18話へ続く
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