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ずっとあなたがいてくれた第二十六話

    あの家で私はタカシと向かい合っていた。かすみちゃん、来てくれたんだね、そう言ったタカシはとても嬉しそうで、私も笑顔になった。無事でよかった、先生がもう僕たちのことにかまうな、なんて言うから心配しちゃったよ。何かされたんじゃないかと思って――。

    何かされるって? 俺が? タカシが立ち上がった。手にはいつの間にか刃物を握っている。例えばこんな風に? 

  そう言って私の頬に刃物を近づける。ひどく冷たい感触があった。刃物を持ったまま、タカシは私の頬を叩く。声を上げようとして、でも傷つけられたらと思うと何も言えなかった。ただ恐ろしくて、身体が硬直している。「――さん?」楢本さんの声だ。「助けて!」叫んで目を開ける。タカシはいない。「着きましたよ、あちらがお屋敷です」目をこらすと、うっすらと建物の輪郭が見える。夢……?

 後部座席のシートベルトを外す。ひどく喉が渇いていた。「すみません、何か飲むものを」ああ、と楢本さんがミネラルウォーターを差し出してくれた。「ありがとうございます」ペットボトルを開けて飲む。一気に半分ほど飲んでしまった。「大丈夫ですか?」楢本さんが心配そうにしている。「大丈夫です、ちょっと変な夢を見てしまって」「夢、ですか」「ええ」

 内容を話したほうがいいものか、判断がつかなかった。「もしかして、堀田タカシの夢ですか」びっくりした。びっくりしすぎてミネラルウォーターが気管に入ったかもしれない。ひどくむせて苦しい。「大変だ」楢本さんが私の背中を必死でさすってくれる。「すみません、俺が変なことを言ったばっかりに」そんなことないです、大丈夫、そう言おうとしているのに、咳が止まらず何も言えない。

 そんな状態がしばらく続いて、やっと落ち着いた頃、楢本さんが言った。「すみません、俺、かすみさんに言わなかったことがあります」とても深刻そうに言うので、何ですか、と聞くこともできなかった。「堀田タカシはかすみさんに何かをするつもりです。何かひどい、とても口にできないようなことを」「ええ、たぶんそうでしょうね」「驚かないんですか?」「如月先生から、タカシが私に復讐しようとしていると聞きました。でもタカシからは、如月先生が復讐しようとしているから会うなと言われたんです。その話、前にしましたよね」「ええ、バーで聞きました」「二人の言うことが違うから、どっちが正しいのか確かめたいんです。先生に呼び出されたときも、そのために来るつもりでした。そうしたら今日、夢を見て……」

 私は夢の内容を話した。刃物を頬に当てられて冷たかったという個所に差し掛かると、楢本さんは頭をかいた。「あんまりよく寝ているから、ついほっぺたを触っちゃったんです、すみません」その言い方がおかしくて笑ってしまったけど、楢本さんはすぐ真顔になって、「やっぱり心配です。行かないほうが……」と言ってきた。私は首を横に振る。「ダメなんです。確かめなければ、私はもう生きていけません。だから行かせてください」楢本さんはため息をついた。「じゃあ俺も行きます」

第27話へ続く

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