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  ずっとあなたがいてくれた第二十話

「父は言ったんだ。『一馬が死んだのは自業自得だと、ドラ息子がいなくなったくらいで取り乱すなんてどうかしていると、こともあろうに私の最愛の息子を罵ったんだぞ! そんなやつを許せるわけないだろう!』何も言えなかった。やっぱり兄のほうが大事なんだ、僕が何を言ってもダメなんだって、わかっちゃったからね」
力なく笑う彼は、とても寂しそうに見えた。
 私は身体を起こし、右手を彼のほうへ差し出した。その手で何をしようとしたのか、よくわかっていなかったけど、彼はその手をとり、自分の頬にあてた。それから自分の手を重ね、あったかいね、と嬉しそうに言った。心から嬉しそうなその顔を見ていたら、涙が出てきた。
 彼が記憶喪失だと聞いてから、いつかまた、こんな風に笑って話せたらと思っていた。それなのに。今のこの状況は、思っていたのと違いすぎる。どうしたらいいんだろう。どうしたら……。泣いている私の頬を、彼はもう片方の手で触った。それから、重ねた手を離し、両手で私の涙をぬぐった。「泣かないで、大丈夫だから」
そんなこと言われたら、余計に泣いちゃう……。
「かすみちゃんに、あの家に来てほしかったのはね」あわてて涙をぬぐい、彼の言葉に耳を傾ける。「大した理由があるわけじゃないんだよ。ただゆっくり話したかった。それだけだ」「それ、だけ?」「そう。兄が死んだ場所ではあるけど、僕はかすみちゃん
と散歩したりして楽しかったんだ」
 散歩、したっけ。「覚えてないって顔だね」私はうなずいた。「無理もないか、かすみちゃんは小さかったし」彼はベッドの上に腰かけ、私の髪をなでた。「でも僕は、かすみちゃんのことをよく覚えているよ。知らない人ばかりなのにすぐに馴染んで、みんなに可愛がられていたからね」
 そうだったんだ……。横になったまま髪をなでられていると、なんだか眠くなってくる。突然あくびが出て驚き、あわててあくびをかみ殺す。その瞬間、聞きたかったことを思い出した。「そうだ。私、タカシに連れてこられたと思ったのに、なんで先生が。ていうか、ここどこなの?」「アトリエだよ」「アトリエ? え、タカシも知ってるのに、でも安全ってどういうこと?」「それはね」彼はベッドから立ち上がり、部屋のドアを開ける。私が目をつぶると、「大丈夫だから、見てごらん」と彼。
 おそるおそる目を開けると、ドアの向こうにあったのは……「壁?」「そう。まあ、ドアなんだけどね。壁に隠し扉があって、この扉からしか入れない」そう、なんだ。
「ここに扉があること、タカシは知らない。だから安全なんだよ」なるほど。
「え、じゃあ、なんでここに……?」
 くくく、と彼は笑い出した。えっ、何? 何か変なこと言った?
「全然気づいてないみたいだから種明かしするとね」なおも彼は笑っている。「ちょっと、何がおかしいの?」思わず叫んだら、ごめんごめん、と彼は言って、「あのバーの店員、おかしいと思わなかった?」「バーの店員?」ハッとして身体を起こす。「おかしかった! 何なのあの人!」「僕の協力者だよ」「協力者……?」「そう。GPS発信機の入ったお守りを渡そうと追いかけたら、さらわれる現場を目撃したそうだ。それで、かすみちゃんを助け出してくれたんだよ」

第21話へ続く


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