レジ
入り口の『50%OFF』の大きな赤いパネルの主張が強い。ブラウス、カットソー、パンツもスカートも何もかもの大売り出し。我先にと服を手に取る客たちは、遠慮なく次々と広げて、めくって、さらっていく。店員はひっくり返った商品を一つ一つ直しながら「いらっしゃいませ〜」の声も忘れないが、それは効果音みたいなもので、顔に表情はなかった。
わたしはブラウスを選んだ。薄い水色やピンク、それから白。わたしが見た商品を、少し離れたところで間を置いてから畳み直す店員は感じが良かった。じっくり選んだものを綺麗に畳みなおして重ね、レジに向かった。レジは何台かあったが、どこも長い行列ができていた。
隣の列に並んでいた黒いコートの男に声をかけられた。
「それ、“規定値”ですよ。」
一瞬意味がわからなかった。
「え?」
「それ、“規定値”の商品ですよ。いつもその値段で売られているんです。」
男は説明した。わたしが持っているこのブラウスは、セール品に混ぜられそれっぽく売られているだけの商品なのだと。いつもその値段だし、値引きもされていなければ元々そんなに高い商品でもない、と。
わたしはできるだけ表情を変えないようにして、すぐに返事をした。
「いいんです。わたしはこの商品が欲しくて、選んだだけなんです。」
言い返して男の目を見た。
その男も手にシャツを持っていた。
「本当にいいんですね?」
と言うと、男は急に拳を振った。
堅く握った拳はわたしの顔面までビュンと振り下ろされ、目の前で止まった。力がこもっているのだろう、ぎゅっとして小刻みに震えている。
「本当にいいんですね?」
男はもう一度同じことを言うと、今度は横からわたしの方にブンと腕を回して、拳が左頬に当たる寸前でまた止めた。
わたしは男のその目をじっと見ていた。見開かれ、さっきより大きくなっていた。男の口は笑った形をしていた。
わたしはブラウスを持ったまま動かなかった。
彼はなぜ殴らなかったのだろうか。