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違和感

小学生の時のことです。
6年生にもなれば、帰りの会が終わってもなんだかんだと教室で放課後を過ごすのは当たり前でした。共働きの両親はわたしの帰宅時間なんて気にするところではありませんでしたし、昔は遊びも勝手、暗くなるまでに帰ればよろしい、そんなもんでしたし。

意味なく居残り続けたわたしたちは何をしていたのか。今となっては思い出すこともできないのです。だけどとにかく楽しかった。最終下校時刻にショパンの「別れの曲」が校内放送で流れると、しぶしぶランドセルを肩にかけるのでした。

夏も終わりのことでした。学校から家までは15分と、それほど遠くはありませんでしたが、当時仲の良かった友達とは校門を出たらその場でバイバイ。その日わたしは一人家に向かって歩いていました。

ふと気がつくと、前の方、ちょっと駆けていけばすぐ追いつけるくらいの距離に女の人が歩いていました。白っぽいワンピースを着た人でした。田舎ですから、車通りはそこそこあるものの歩行者というのは意外と少ない。わたしは子供ながらその姿を、珍しいものに思いました。

友達と別れた後はただただ暇な帰り道です、早く家に帰りたくて、走って追い越してしまおうか、と何度も思いましたが思いきれず。成り行きで、近距離にその人と二人、同じ道を行く形になってしまいました。

その人はゆっくりと静かに歩き、涼しげに見えました。綺麗な形を保ったまま背中に貼りついた長い黒髪。その後ろ姿をぼんやり見つめながら歩いていたら、急にその人、スキップを始めたのです。ワンピースの裾と、背中に貼りついていた髪の毛が揺れはじめました。よく見ると手ぶらで、体もとっても軽そう。大人がひとり、こんなところでスキップするのを見たのは初めてでした。道沿いの、とっくに潰れた魚屋の前、唯一明るい釣具屋の前、と、その人はスキップで通り過ぎて行きます。

今に立ち止まって、こっちを振り返ってニタァって笑うんじゃないか。その口が裂けているんじゃないか。と子供ですから、当時流行っていた都市伝説みたいなことを思い出したあと、「そもそもこの人は現実のものなのだろうか」という、もっとも信じ難いけれど間違っているとも思えない可能性に辿り着きました。

女はスキップしながらスッと脇道に入り、消えてしまいました。それ以降、再び会うことはありませんでした。


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