外回り営業中に2時間以上、ベンチでぼーっとしていた1998年冬(3)
営業回りで好きだった町は西葛西。
人文科学に特化した、物云う書店があった。
入っただけで、店主の主義がビシビシと伝わってきた。
まだ20世紀だった時代。
たしかこのころは西葛西にも書泉のチェーンがあった気がする。
いや、これは記憶違いかもしれない。
川口にも駅前に大きな書泉があったが、それも今は無くなってしまったようだ。
もはや店頭で本を買う時代ではなくなって久しい。
このころ、私は新聞社の写真部を志望していたから、移動中の電車のなかの時間はもっぱら読書に費やした。
共同通信社のルポルタージュ、斎藤 茂男さんや横川和夫さんの本に読みふけっていた。
それらの本には深みがあったが、営業先の書店についたら、自社の面白みのない(笑)本を取り出して、営業活動を始める。
価値がないと思っている本を「店頭に置いてください」と頼むんだから罪なもんだ。
この冬は、営業先でコートを脱ぐのが面倒で、ひとふゆコート無しで過ごした。
コートを脱ぐ必要のない会社への往復さえ、コートを着ないで出勤した。
気合だけは入っていたのだ。
完全な週休2日ではなく、隔週で土曜日は出勤で、昼までは仕事をした。
仕事の終わった土曜日午後の解放感ったらなかった。
自発的に書店に顔を出したりして、自分の人生を前に進める活動をした。
新宿三丁目に八重洲ブックセンターの店舗があったころだ。
土曜に書店に顔を出すと、
「休みなのに営業回りするなんて、偉いね」
と書店員さんに褒められた。
給料は安いし、営業マンとして少しも輝いていない。
そんな日々のなかで、人からいただいたちょっとした優しさに
心はほっ、となった。
上野、御徒町の書店を回っていたときには、取次の知り合いの方と
ばったり顔を合わせたことがあった。
いま考えると、取次に知り合いなんていたのか、と思うのだが、
さすがにその場で初対面ではなかろう。
私が書店員さんと話している姿を見て、
「もっとこうしたほうがいいよ」
とアドバイスをくださった。
私は愛されている。
私の数字が上がらないから、社長が私の営業回りに同行する機会があった。
たしか、ランチを一緒に食べた記憶はないから、丸一日の同行ではなかったはずだ。
私は書店に行っても、もともと着てないからコートを脱ぐ必要もないし、
一通りの書籍をお目にかける動きにも無駄がない。
自分で言うのもなんだが、明るく元気に話す。
社長に同行してもらったが、特に改善すべき点に関するアドバイスはなかった。
私がこんなに血の気が多くなくて、社長から営業数字についてボロカス言われるのを黙って聞き流しておけば、私はもう少し長くこの会社に居られただろう。
でもそうしなくてよかったのだと今になって振り返れば思える。