半年の制作期間を経て、8/4に『おいしいが聞こえる』というエッセイ集が完成しました。食べものにまつわるエピソードや、疑問に思っていること、気づいたことについて書いています。
刊行に際し、ぜひこのエッセイ集に興味を持ってくださった方に中身の雰囲気をお伝えできればと思い、書き下ろしの収録作品『煮込まれたトマト、走るピーマン』を公開することにしました。(この作品を気に入ってくださった方は、「山手線ぬりつぶし選手権」や「おとなになってからはじめて食べた食べもののこと」もぜひご覧ください!)
最後にエッセイ集のリンクを掲載しているので、興味を持ってくださった方はぜひ他の作品も楽しんでいただけたらうれしいです。
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学生時代、必死で就活をしていた友人のもっさんが、ようやく内定をもらった。なかなか決まらなくて焦っていたが、最終的には希望の業界の会社に入れた、と安堵していた。そこでわたしも自分のことのようにうれしくなり「おめでとう!! 万事休すだね」と返した。すると、もっさんは「ひらめ、なんで本あんなに読んでるのにこういうこと知らないんだろうね……」と、一緒にいた美緒と不思議がっていた。
「万事休す」をそれまで「有終の美」や「終わりよければすべてよし」のような意味合いと勘違いして使っていたのだが、どうやら反対の意味だったらしい。あとになって辞書で調べると、「もはやおしまいで、何をしてもだめだという場合に使う」と書かれていた。「もはやおしまい」ってすごい。
もし初対面の人だったら、激昂されるところだ。友だちに言われて気づいてよかった、と思った出来事だった。
それに懲りず、未だに慣用句を覚えるのが苦手である。国語の勉強をしているうち(学生時代)は必死に覚えてなんとか乗り越えたけれど、そもそも思ってもいないことを言うのがすきではない。せっかくなら自分の感覚に近い言葉を見つけるほうが伝わるんじゃないか、と思っている(ものすごく蒸し暑い夏の日に「今日の東京は、炊飯器の中みたいですね!」と言ったらスルーされてしまったことがあるが)。
だからなのか、何かに例えることが昔からすきだ。一時期自分で慣用句をつくってみたいと思ったこともある。そのときは一週間くらいで飽きてやめてしまったが、もう一度やってみることにした。ここでは、食に関する言葉を使ってつくった慣用句を紹介する。
慣用句をつくること自体はたのしいが、実際に日常会話のなかで使って伝わらない、というのがさみしい。これを読んでくださっている読者の方には、ぜひどしどし使っていただき、これらの慣用句を広めてもらいたい。個人的なお気に入りは「走るピーマン」です。
慣用句、ずっとつくってみたいと思っていたので、書いている最中とてもたのしかったです。ぜひみなさんも日常でどしどし使ってみてください。
この『煮込まれたトマト、走るピーマン』を収録しているエッセイ集『おいしいが聞こえる』はオンラインストアで販売中のほか、近日中に一部の書店さんでも販売いただきます(近日中にお取り扱い書店さまの一覧も公開します)。ぜひお取り扱いを検討してくださる書店さんがいらっしゃいましたら、hiramelonpan🥚gmail.com(🥚を@にご変更ください)までご連絡いただけますと幸いです。