自分の意思でまちを選び、自分の意思で家を選ぶこと
ここのところ、「小杉湯があるから、高円寺に引っ越したい。」と言ってもらえることが多くなっていて、実際に高円寺に引越して来てくれた人が何人もいる。
去年の3月に小杉湯となりがオープンをして1年が経ち、会員さんも60名を超える状況になり、新たに「小杉湯となり-はなれ」が誕生した。小杉湯、小杉湯となりがあるから高円寺に引越してきたいという人にとっては、家の浴室が小杉湯になるし、家の食堂や書斎が小杉湯となりになるので、自分が住んでいる家の中に機能をすべて所有する必要が無くなってきたのだ。
2017年にスタートした銭湯ぐらしのみんなが話してきた「銭湯のある暮らしを起点にしながら、点と点をつなげて線にして、その線を重ねていって面にしていく」ことが少しずつ形になってきたんだなと感じているし、それが「高円寺を一つの家と捉えて、まちに暮らすように生きる」ことなんだなと思うようになってきた。今後は、高円寺に「まちの寝室」だったり「まちのアトリエ」をつくっていけたらいいね、という話をしていて、実際に物件を探す動きも少しずつ始めている(高円寺北口で空き家や、古い物件を見つけたいんだよな)
高円寺のまち全体を家と見立てたエリアリノベーション
図版:加藤優一(@kato_yuichi)
こうなってくると高円寺の不動産の選び方にも変化を起こせてきた。高円寺で1人暮らしの家を借りようとすると、例えば7〜8万円くらい、オートロックやセキュリティを重視すると9〜10万円になってしまうこともある。物価の安さとは裏腹に、中央線沿線で人気のある高円寺というまちは、どうしても家賃相場が高くなってしまうという現実がある。昔は古いアパートも多かったが、最近はどんどん建替えがされていて、まち全体の家賃相場は上がっている気がする。
そんな状況の中で、小杉湯と、小杉湯となりの存在がまちにあることで、払う家賃の内訳を変えることができるようになった。例えば、小杉湯となりの会員費2万円と、家賃5〜6万円の物件を選べば、家賃としてかかる総額は変わらないが、小杉湯の大きなお風呂に入れて、小杉湯となりを書斎や、キッチン、食堂として広々と使える暮らしになる。
まちの不動産の価値を再定義する
築古で家賃は安いけど、キッチンや水回りが古かったり、狭かったりしても「小杉湯のお風呂があるからね」「小杉湯となりのキッチンがあるからね」という話になり、本来ならば築古物件で課題になる水廻りの問題を解決することになる。むしろ築古物件は、新築のメーターモジュール物件よりも部屋が広くつくられている(昔の大きな畳を基準に部屋がつくられている)ケースが多いので、リビングや寝室部分は、新築物件よりも広くなることも多い。小杉湯の近くであれば、道路も明るいし、知っている顔が近所に多くなるので、セキュリティ面に関しても不安要素が解消しやすい(今後、小杉湯でアパート一棟をまるごと借りるなどの事が実現できれば、女性でもセキュリティ面での不安が解消されることもあると思う。)
こうやって、自分で選んだまちで、自分の暮らしの中で、自分ごととして使える場所がまちにあることがすごく重要になると思うし、これから高円寺の中で拠点を増やしていこうとしている小杉湯となりは、同じ2万円の会員費で使える場所が増えていくことになる。
なんだかこうなってくると、まちの中で不動産の価値を再定義していくことになりそうだなと思っている。どうしても、日本の不動産市場というのは新築至上主義の価値観の中で、ハードが重視され、築年数が経つほどに固定資産税評価額はどんどん下がり、家賃を下げていかなければ空き家となってしまうケースが増えてくる。だからオーナーは、リノベーションや水廻りのリフォームを短い期間の中で投資していかなければならない。2025年からはいよいよ東京都の人口が減少していくと言われているし(それは新型コロナウィルスの影響でもしかしたら加速するかもしれない)、かつての不労所得の象徴とも言えた東京の賃貸経営もどんどん難しくなってくるのは間違いないと思う。
そんな大きな流れのなかで、小杉湯は小杉湯となりという「セカンドハウス」をまちの中につくった。いろんな紆余曲折や緊急事態宣言の影響を受け、オープン当初は考えていなかったが、結果的に辿り着いた「会員制のセカンドハウス」という仕組みは、10年後、20年後の高円寺に大きな影響を与える仕組みになるだろうな、と思っている。
どんな街に住んでいたか、どんな家に住んでいたかが、人生に大きな影響を与えている
実際にこの1年で起きたこととして、高円寺というまちの中で二拠点生活のような暮らしが生まれたり、ワーケーションをやっているのと同じ状況になったり、まちの中で関係人口(地域と多様に関わる人々)がつくられていった。文脈でいくと東京と地方の関係性で語られているまちと暮らしとの繋がりが、実は一つのまちの中で作っていくことができると分かったのは大きな発見だった。こうやって小杉湯を起点とした運動体とも、共同体ともいえるような繋がりが生まれてきているし、その共同体が、今度は地方の共同体と繋がり始めてきた。
それに、実際に高円寺に引越してきてくれた人の話を聞いたときに、「あー、なんだか人生に大きな影響を与えているんだな」と思えることが多い。人生において、どんなまちに住んでいたか、どんな家に住んでいたかというのは大きな影響を与えていたんだなと思うようになった。でも実際のところは、自分の意思でまちや家を選ぶ機会は少なくて、子供時代や10代の頃は「親の物語」の中で自分が住むまちと、自分が住む家が決まり、就職活動をして社会人になると、「会社の物語」の中で自分が住むまちと、自分が住む家を選ぶことが圧倒的に多い。だから、そもそも自分の意思でまちや家を選ぶという経験をする機会が少ないので、まちと家が自分の人生にとって大きな影響を与えていることに、気がついていない人が大半なのかもしれない。
まちが自分ごとでないと、自己肯定感が下がる
例えば、最近高円寺に引っ越してきてくれて、小杉湯や小杉湯となりに関わってくれた人でこういったケースがある。彼女は社会人になって会社が用意してくれた寮に住むことになり、自分の意思でまちや家を選ぶことが無かった結果、住んだまちに愛着を持てず、どうしても会社と家の往復だけの時間を過ごすことが多くなり、家は寝るためだけの場所になってしまったという。そんな中で、会社以外での時間の使い方といえば、寝るだけの部屋となってしまった家で、Netflixを見たり、SNSを見て過ごす時間が大半になってしまった。何も、NetflixやSNSが悪いということではなくて、会社と家との往復が生活の大半になってしまったときに、受け取る情報の全てが自分との比較に繋がりやすい状態になり、他者との比較によって自己肯定感が下がってしまったり、内省する時間が増えることでその日あった些細なことを無意識のうちに反芻し、気持ちが落ち込みやすくなってしまったりというという時間が増えてしまったそうだ。
自分の住んでいるまちで、多様性を感じる
そんな彼女が、社会人1年半後が経ったタイミングで、小杉湯と小杉湯となりがあるからという理由で高円寺に引っ越しをしてきてくれた。自分の意思で高円寺を選んで、小杉湯と小杉湯となりに関わる時間が生まれた。仕事終わったら小杉湯に来るようになり、人と人とのゆるやかな繋がりを感じられるようになった。これまでは仕事が終わったら家に帰るしかなかったのが、小杉湯となりにいけば知っている顔があり、高円寺のまちの中で立ち寄れる場所ができたり、歩いていても顔見知りの人に出会えて挨拶をする人が生まれた。まちの中で近すぎず、遠すぎず、中距離的でゆるやかなコミュニケーションが生まれたこと、小杉湯や高円寺で、様々な人を感じられること、つまりは自分の住んでいるまちで多様性を感じることができるようになったこと。その結果として、これまであったような他者と自分との比較をすることが少なくなり、寂しさを感じることも大きく減ったそうだ。
自分の意思で、自分が住むまちを選ぶことはとても重要なことだ。企業がダイバーシティやインクルージョンをつくろうという動きはすごく増えてきているなというイメージがあるが、実際は会社の物語の中で、それをつくっていくことはとても難しいことのように感じる。それよりも、自分の住んでいるまちでダイバーシティやインクルージョンを感じられるようにすることのほうがハードルが低いし簡単なことな気がしている。
あとは自分の意思で家を選ぶこと。自分の家を、自分ごとにしていくこと。これもすごく重要だなと思う。それは自分の家をきれいに片付けることだったり、少しずつお気に入りの家具を置いていくことだったり、DIYをして手を加えていくことだったりする。自分が心地よい空間とは何かを知ることだったり、興味をもつことだったり、そこにきちんと投資をしていくような感覚が大事なのかもしれない。中古マンションを購入してリノベーションをすることだって考えられる。それに、高円寺が一つの家であれば、高円寺の街を選ぶことが、自分の家を選ぶことと限りなく近くなるんだろうなという感覚もある。
悲しくはないけど、寂しい
きっとこれからの小杉湯や、小杉湯となりで目指していくことの一つが、ここで書いたような不動産に繋がることなのかもしれないと思っていて、最近は街や家について考えることが増えたし、話すことも増えてきた。それに、今の社会の大きな課題として、自分の仕事、自分の住んでいる街、自分の住んでいる家が自分ごとになっていない人が多いことがあるような気がしている。個人の時代とすごく言われるようになっているにも関わらず、他人の物語や、社会の物語の中で生きる人は逆に増えているような気がする。それが世の中の情報と自分との比較に繋がり、孤独感を感じたり、自己肯定感が下がってしまう若者を生んでしまっているのかもしれない。物質的には恵まれているため「悲しく」はない、だけど「寂しい」、と感じている20代が多いな、というのが僕が感じている実感だ。
そんなことを考えていると「小杉湯があるから高円寺に引越したい」と言ってもらえることがすごく嬉しいし、そうやって言ってくれる人には何かできたらなと思うようになって、小杉湯となり不動産プロジェクトが立ち上がった。実際に不動産業者さんと提携をして、物件紹介や物件案内もちょっとずつ始めている。すでに何人も引越しのお手伝いをしているし、おすすめの物件もあるので、このnoteを読んで興味を持ってくれた方は、ぜひ小杉湯に来てもらったり、となりを案内させてもらったり、不動産案内もすることができるので声をかけてくれたら嬉しいなと思っている。
小杉湯三代目
平松佑介(@hiramatsuyusuke)
小杉湯
WEB:https://kosugiyu.co.jp/
Twitter(@kosugiyu)
銭湯ぐらし
note:https://note.com/sentogurashi
Twitter:(@kosugiyu_tonari)
編集:堀尾美月
写真:篠原豪太 (@gotashinohara)