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英ケンブリッジ大学の博士課程修了女性の博士論文画像の炎上はなぜ起きたのか?

つい最近、Xを見ていたら、「これはどういうことなんだろうか?」と気になるポストを見かけました。
 
それは、英ケンブリッジ大学の博士課程を修了し、博士号を取得したアリー・ルークスという女性が博士論文を手に持っているという、特に問題があるとは思えない画像をめぐる論争です。この画像に批判や怒りのメッセージが寄せられて炎上したというのですが、いったいどういうことなのか、以下に米経済誌フォーブスの記事(2024年12月2日付)の要旨をまとめます。

問題とされたのは、この博士論文のタイトルだった。題して「嗅覚倫理:現代の散文における嗅覚の政治学」。この論文は文学におけるにおい、香りの使用に着目したもので、それに対してX上で批判の声が殺到した。
 
この現象は、ネットのコミュニティーが現実から切り離されたところでSNS上に人間性の最悪の側面が浮き彫りになることを示している。
 
このアリー博士のポストは、博士課程を終えて無事論文を書き上げたことを告げているだけの、本来なら特にどうということはない内容だが、Xの右寄りの人たちの目から見ると気に入らない内容だったため、ヘイト発言を浴びせたのだった。
 
問題視されたのは嗅覚の政治学というテーマを扱った論文には「何の価値もなく」、「大学のリソース、時間、エネルギーの全く馬鹿げた浪費だ」という点だった。この論文を支持し、博士の研究を祝福する人も一部にはいたが、大部分の反応が否定的なものだった。
 
この論文は研究のためだけの研究のようなニッチなテーマに見えるが、実際、幅広い一般の読者層を対象としたものではなく、その分野の専門家を対象として書かれたものだった、とルークス博士自身が説明している。

論文の要旨

しかし、この炎上事案はさらにもっと大きな問題を提起している。それは、SNSが人間のエゴを肥大化させるということだ。実際、ネットで記事をシェアすると人は、自分は専門家だと自信過剰になることを裏づける研究がある。
 
これは、自分は実際よりもものをよく知っていると錯覚する認知バイアスを表わすダニング=クルーガー効果と呼ばれるもので、人はこの状態になると、自分は正しいという強い思い込みに陥る。

アメリカで博士号を持っている人は全人口の約1.3%(450万人)にすぎないが、ルークス博士のポストを見たのは、その5倍以上に当たる数の人たちだった。そのため、このポストにコメントを書いた大部分の人たちは博士号を持っていないと考えるのが妥当で、学術研究の意味もよくわかっていない。
 
ところが、SNS上ではこういう人たちが自分は正しいという思い込みを肥大化させ、この世界のことを理解していると誤認している。今回のルークス博士のポストに対する反応によって、「自分は専門家よりもよく知っている」、「投稿の趣旨を完全に誤認している」、「議論よりも下劣な侮辱に走る」といった、ネットの最悪の側面が露呈した形だ。
 

画像:X


学術をめぐる議論の中で「文学部不要論」を含めた文系学部の廃止という話が出てくることもあり、前述のルークス博士のポストへの反応は、一般のネット民の情報エゴ感覚の肥大化やダニング=クルーガー効果といったキーワードを含む象徴的な事例だと思います。

【参考】「文系不要論」に対する「意外で明快な答え」…じつは「人文学の研究」が「世界から減らしているもの」

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