店主と女性バーテンダーの会話
「初めてですよね。今の人」会計を済ませた客が店を出るや、女性バーテンダーが店主に訊ねた。「少なくとも、行きつけというほど、来てはいないと思うけど」
「十一年前に一度。八年前と、五年前にも。忘れたころにやって来る」
「よく覚えてますね。でも、それじゃ、行きつけとは言えないんじゃないですか」
「お客さまの気持ち次第だよ。行きつけと言ってくださるだけ、ありがたいじゃないか」
「そうですね。それにしても、変な客に絡まれていましたね」
「タイム・パトロールがどうとか」
「どう見ても正気じゃなかったですよ」
「ああ。でも、ひとつ、気になることを言っていたな」
「何です?」
「タイム・パトロールは齢をとらない、とか」
「それが何か?」
「さっきのお客さまも、最初に来たときからずっと、齢をとっていないように思えるんだよ」
「まさか」
「若く見えるだけかもしれないがね」
「そうですよ。齢のわりに若く見える人なんて、たくさんいますよ」
「そうだね、きみのように」
「わたしは本当に若いんです」
「おや、これは失礼」
軽口をたたきながら、店主はふと、あの客にとっては、最初に来たときから今まで、せいぜい十日ほどしか経っていないのではないかという奇想に囚われた。十日に三回なら、「行きつけ」と呼んでも、さしつかえなかろう。しかし、実際にはその間に十年以上の月日が流れている。自分とさっきの客はその時間を、違ったスピードで駆け抜けてきたのだ。あるいは、時間をスキップして・・・。
「そうか!タイム・トラベルか」
「何ですか、マスターまで」
思わず声に出した仮説を女性バーテンダーに聞き咎められて、店主はバツが悪そうに笑った。そうか、時空を超えるたび、変わり果てた町に、以前と同じ姿で残っているこの店に来ていたのか。まさに行きつけではないか。
「ありがたいことだ」
店主のつぶやきは、今度は女性バーテンダーには聞こえなかった。立て看板の明かりを消しに外に出ていた女性が、ぱんぱんと手をはたきながら戻ってきた。長い夜が明けようとしていた。