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小説 これで働かなくてすむ サン・ハウスの「説教ブルース」⑤

「説教ブルース」は、大反響を巻き起こした。元説教師の深い声で歌われるのは、聖書の物語ではなく、教会への反逆と現世の愛欲だ。笑顔で「きらい」と囁かれた恋人のように、町を往く人びとは「説教ブルース」のパラドクスに魅せられた。一方、当然ながら、教会の人びとがこの歌を受け入れることはなかった。「働かなくてすむ」は破門された元説教師の負け惜しみとして聞き流すとしても、愛人たちと自分だけの天国で幸せに暮らしたいという一節は、神の領域に愛欲の汚れたブーツで踏みこむ涜神行為に他ならなかった。そんなある日、ハウスがギターを弾いていると、ドアをノックする音がした。

「だれだい、悪魔かい?」

バカ言うんじゃない。わたしだ。

「あ、ぼ、牧師さま・・・なぜ、ここに!?」

「まあ、そんなにかしこまらなくてもいい。主任牧師であろうが、解任された説教師であろうが、神の前では同じように小さなものどもだ」

神の下の平等を説きながら、主任牧師という地位をちらつかせるこの男の物言いが、ハウスは以前から嫌いだった。しかし、黙っていた。以前は教会内の人間関係を守るために。今はブルース・マンとなった自分にはどうでもいいことだったから。しかし、主任牧師が馘になった説教師の家を訪れるとは、ただごとではない。何が「ただごとではない」のかは、わかっていた。

「お前、とんでもない歌を歌っているそうじゃないか」

(それきた。だけど、オレはもはや教会付きの説教師じゃない。自由気ままなブルース・マンだ。何を言われようと知ったことか)とんでもない・・・といいますと?

「わかっているだろう。心のなかの声が全部顔に出ているぞ」

えっ。

「まったく。時期を見て呼び戻そうと思っていたんだがな」

(そんなこと言われてもなあ。今はオレ、「説教ブルース」と「マイ・ブラック・ママ」ですんごーく忙しいからなぁ。まあ、ブルースもやらしてくれるなら戻ってやらんでもないけどさあ)

「だから、心のなかが丸見えだ」

ところで、ブラインド・レモン・ジェファーソンという方を知っておるかな。そうそう、盲目でありながら、大いに成功したテキサスの歌い手だ。お前さんの仲間だな。この方を追悼する説教をしたエメット・ディキンソンという説教師がおる。レコードも出ておる。

「オレ、録音された説教はあんまり好きじゃ・・・」

まあ、そういうな。実は持ってきている。タイトルは「ブルースを歌うことに害はあるか」聞いてみるか。

「何ていうタイトルだ。説教でブルースを擁護するなんて」

お前にだけは言われたくないと思うぞ。じゃあ、置いていくから。気が向いたら聞くがいい。それじゃあな。

「あ、牧師さま!あれぇ、調子狂うなア。てっきり、悪魔の手先!とか言われて怒られるのかと思ったのに。エメット・ディキンソン師ね。確か、ウィルソンさんのところに、蓄音機があったな」


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