設備(踏込槽)
家畜伝染病対策の基本に、持ち込まない・持ち出さない・広げない、
というものがあります。
これは感染成立の3要因とよばれる①病原体②感染経路③宿主のうち
一つでも取り除けば感染が成立しない、という考え方に基づいた標語です。
対処としては①病原体の排除②感染経路の遮断③宿主の抵抗力向上ですが、
具体的には①洗浄や消毒②着替えや履き替え③飼育管理の徹底です。
今回はその中でも消毒の話です。
建屋の入り口に消毒液を貯めておいて履き物を消毒する設備を
踏込槽(ふみこみそう)と言います。
ウインドレス鶏舎や事務所棟などでは吸水パッドを使う例も聞きますが、
平飼い鶏舎では踏込槽の方が実用的です。
消毒液には、逆性石鹸と呼ばれるものが使用されています。
これは一般的な普通石鹸の逆という意味で、水に溶かした場合に普通石鹸は
陰イオン(アニオン)として電離し、逆性石鹸は陽イオン(カチオン)として電離することから来ています。
特徴として普通石鹸は発泡性と洗浄力に、逆性石鹼は殺菌力に優れます。
成分として医薬領域では、塩化ベンザルコニウムや塩化ベンゼトニウム、
塩化セチルピリジニウムなどがあるようです。
養鶏業界では、塩化ジデシルジメチルアンモニウムが一般的です。
因みにエンカジデシルジメチルアンモニウムを早口言葉で暗唱するのは、
獣医師さんあるあるだそうです。
まさとうでは、開業当初より踏込槽を2つ並べています。
最初は2槽とも逆性石鹼液を入れていましたが、17年間で踏込槽に対する考え方と内容物が変わってきたので、変遷を記します。
開業間もなくコクシジウム症を発症した時に、獣医師から「逆性石鹼は一般細菌には効くけどコクシジウムには効かない。手前の槽はゾール剤にして下さい。」と指導されました。
コクシジウム症というのは重要病害ですので別項を用意しておりますが、ここでは一般細菌では無いために逆性石鹸が効かない、という事を理解して下されば十分です。
指導に従いクレゾールとオルトジクロロベンゼンの合剤を一槽目としました。が、これがとても臭い。クレゾールはフェノール類のためタールのような石油系の臭いがして、こちらの具合が悪くなりそうです。
2槽目で洗われるとはいえ、飼育室で鶏が寄ってきて長靴をツツく様子を見ると、食品衛生上も大丈夫なのか心配です。
さらに効果が落ちた消毒液は更新が必要ですが、廃液処理をどうするのかも困りました。細かい点まで言及するとゾール剤には浸透性があるのか、皮膚につくと洗っても臭いが取れません。更新の時は、当然にビニール手袋を使いますが、いつの間にか手に付いています。
しばらくして獣医師に相談のうえ使用を中止し、2槽とも逆性石鹼に戻しました。その際、1槽目は泥落とし、2槽目は消毒と役割を分けようという事になり、1槽目に人工芝を追加しました。
当初は人工芝を踏込槽の中に入れていましたが、のちに鶏舎入り口の外側に置くようになりました。
このやり方で長い期間を過ごしましたが、廊下が濡れてしまうことが悩みでした。どう考えても衛生的とは思えなかったからです。
また、有機物によってすぐに効果が落ちるので、頻繁に更新する必要がありますが、この作業も結構な負担になります。
さらには鶏病に警戒するべき冬季、特に厳寒期に凍結してしまえば役割を果たしているとは思えません。
そこを補完するために道路や廊下に消石灰を散布していましたが、これで消毒できるならこれだけで十分なのではないかと、ずっと考えていました。
消石灰は作用する微生物の範囲が広く、消毒剤としては万能です。
踏込槽での使用に際しては、消石灰が長靴に付いてゆくだけなので、液体のように更新する必要がありません。減った分を追加するだけで良いので作業負荷は少なくてすみます。
量に程度はあるのでしょうが、基本的にカルシウムなので鶏が口にしても問題はありません。
というワケで2年ほど前から消石灰を使用しています。
現状は、これが正解ではないかと考えています。
今回は消毒のための踏込槽が主題ですが、冒頭に申し上げたように家畜伝染病への対策は、3つの要因に対処してゆくことです。
一つでも良いのですが、3つとも出来ればより良いに決まっています。
さらにそれらが別々である必要もありません。
まさとうでの一連の対策を記して、まとめとしたいと思います。
靴の履き替えです。感染経路の遮断にあたり、自宅用、外出用、配達用、作業用などを履き替えています。
農場入り口での履き替えです。こちらは鶏舎内用と鶏舎周辺作業用に分けています。
ローカへの石灰散布です。再び消毒です。
石灰を散布しておくと、鶏糞がローカにこびり付かなくなるので、掃除も楽になります。
飼育室前での履き替えです。
以上が洗浄と消毒と履き替えによる、まさとうの家畜伝染病への対策です。
当然、着替えや手洗いなども行っておりますが、今回は踏込槽の前後関係に限定しました。
そのあとは飼養管理の徹底という事で、環境整備や飼料給与の出番です。
注記:本稿では家畜伝染病という用語を使用しております。本来は感染症、感染病、伝染病の間には用語の定義に明確な違いがありますが、昨今のパンデミックでもわかる通り、用語の定義があいまいな上、伝染病という用語は感染症に比べて一般的ではありません。
それでも、獣医事領域に家畜伝染病予防法という法律があるため、尊重してここから用語を用いました。
また、感染源と病原体の用語選択でも後者を採りました。
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