親とはなんだろう
ついさっき実家の母親と電話で話したのだが実に腹立たしい。
五十四歳の息子をつかまえてやれ酒を飲むなとかやれ貯金をしろ云々。果ては私の容姿についてとやかく言う。まったく呆れる話だ。それに対し私は酒を飲もうが飲むまいが、金を遣おうが貯めようが、太ろうが痩せようが勝手にするわいと返した。干渉してくるなバカ者めとつけ加えた。
私の両親は高齢だが健在である。病気もしたが九死に一生を得て何とか今日に至っている。そんな親に対しこんな暴言を吐くのは酷いのかも知れない。今頃息子はなんと冷たいのだろうと文句を言っているのかも知れない。
思い起こせば私は幼いころから経済的にひもじい思いをしたことがない。父親が浮気して一家離散ということもなかった。親の愛情を一身に受け伸び伸びと育ち大変に恵まれていたのだと思う。それは感謝している。その後私が二十三歳の時に精神疾患となり随分心配もかけたし苦労もさせたと思う。大学は出たがまともな就職もせずさぞがっかりさせたと思う。
が、私の親は今の言葉で言う「毒親」に違いない。過干渉なのだ。
五十四歳となった今だからこそ分かることも沢山ある。親に対して言いたいことも沢山ある。が、無教養な田舎者の親に「あんたがあれやこれや言うてんのは支配欲なんや!」などと言っても通じるわけがない。
全ての子供は親の犠牲者であると言っていい。そして親がかけた「呪い」を解くこと、世界と和解することこそが生きるということなのだ。
まあ、とにかくあんまり冷たい態度をとっては気の毒だし、騙し騙しやっていくしかない。それに今後のことの方が心配だ。介護問題、墓の問題、家の権利、遺産、弟との確執・・・と考え出すと叫びそうだ。
こう書いてくると私が随分親に冷たくしているようだが親との関係がそんなに険悪な訳でもない。誕生日には贈り物を送ったりもしている。あんまり帰省は出来ないがちょくちょく電話もしている。亡くなったらきっと泣くことと思う。親不孝な息子で悪かったとしみじみ思う時もある。
結局言いたいことも言えず、向こうにしても私に言いたいことも言えないうちに過ぎていくものかも知れない。親の気持ち子知らず、逆も然り。親と子って何なんだろうと考え込んでしまう。
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