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掌編「京都三条中古ジャズレコード店」

河原町三条の雑居ビルにひっそりと店を構える、老舗の中古ジャズレコード店がある。河原町近辺ではよく似た感じの中古レコード店がいくつも点在する。が、その店はそれらの中でもひときわ敷居の高い店だ。私は構わずドアを開けて入る。


店内は夥しいジャズのレコード、CDの山である。こういうのも見慣れた風景ではあるが、やや違っているのは店主がドレッドヘアの若者などではなく、よぼよぼの爺さんであることだ。開店したばかりで店内は無音、客は私一人だった。すかさず店主がBGMをかける。モダンな感じのボサノヴァだった。ふむ、そういう客と思われたようだ。そういう客とは間違ってもがちがちのジャズファンではない「ライト」な客という意味だ。実は店主なりの気遣いなのかもしれないが。


面の皮の厚い私は、構わずに店内の壁を無駄に牛耳っていると思われる(店主から見れば、という意味だが)ブルーノートの所謂名盤の数々を見て回る。京都中古ジャズレコード店の店主。女性なら間違っても結婚するべきでない人間像だ。いかにも京都らしい排他的な匂いがプンプンするその爺さんは予想に反して私に明るい声で声をかけてきた。


「何か探しているのがあるなら言ってくださいね。在庫も沢山ありますよ」
振り返ると店主はニコニコしている。少し意外な気はしたが、私はこれまで買い逃してきた名盤のうちの一枚の名を告げる。
「あ、ハービーハンコックの処女航海なんですけど、ないですかね」
「ええっと、そこにあるはずなんやけどね。あれないな。あったはずなんやけどな」
店主は眼鏡をはずして棚を探し始める。
「VSOPのライブ盤でもいいですよ」
「あ、それやったらそのウェインショーターのとこ探してみて下さい」
俺が探すんかい!と一瞬突っ込みを入れたくなったが、探しているのはなかった。しばらくして店主が持って来たのが、
「VSOPやったらこれが決定版ですわ。the quintet live in USA 」
私は恥ずかしながらそのアルバムを知らなかった。
「これいいですか?」
「いや、これが決定版です」
同じことを店主は繰り返した。1500円と中古にしてはまあまあの値段である。まあ、いいか。私はそれを購入することにした。店主はおぼつかない手つきで私に商品と釣銭を渡した。私はありがとう、と会釈をしてドアを開けて、寒風の舞う三条通りを下って行った。


帰って聞いてみて、店主の言葉に嘘はなかった。大当たりである。何というかつまらない表現だが演奏がキラキラと躍動感に満ちている。生き生きとしている。そんな感想を持った。ウェインショーターのサックスは官能的とすら言える。

京都ジャズ中古店のオーナー。私があっさりと処女航海を買い求めていたなら、つまらんもの買いやがって、と思われていただろうというのは被害妄想だろうか(笑)それぐらい一部では敷居の高い店らしいが、昨今中古レコードやCDはさっぱり売れない。YouTubeなどでも聞けることは確かなのだが、やっぱりこういう店で買ってやりたいものだ。

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