私、甲状腺癌なんだって①
思い返せば、2年ほど前から夫が、「今日も、寝てるとき息してなかった。」と言うことがしばしば起きていました。
それに、大好きな歌も高い声が出づらくなり、セミナー講師の仕事でも、セミナーの途中から声が掠れるようになってきていました。
私はそれを、更年期のせい あるいは 中年太りのせい にしていたんですが、、、
でも、そうじゃなかった。
癌だったという話をします。
1年ほど前に亜急性甲状腺炎を発症
癌が判明する1年ほど前に亜急性甲状腺炎を発症。
1か月ほど寝込みました。
実はそれがきっかけで癌が分かったのですが、当時の私は、税理士として独立してまだ2年を過ぎたばかりで、まだ十分な稼ぎはなく、1か月の休業は死活問題でした(今もですが💦)。
幸いにもIT化を進めてきていたので、とりあえず仕事に大きな影響はなかったものの、甲状腺に腫瘍が2つあることが判明したときは、さすがに仕事を続けていくことに不安を感じました。
とはいえ、「まだサイズも小さいし、恐らく良性でしょう。」という医師の言葉を信じて、細胞診は先延ばしにしてしまっていました。
仕事がたまっていたこともあり、これが落ち着いたらという気持ちもありました。
そこにコロナ禍が襲い、なかなか検査できない日々が続くことに。
結局、穿刺吸引細胞診を実施したのは、亜急性甲状腺炎を発症してから9か月後と、かなり時間が経ってしまっていました。
穿刺吸引細胞診の結果は甲状腺乳頭癌。
ああ、、、癌だって。
検査の結果が分かる当日、診察室に呼ばれて1番ショックだったのは癌だったことではなく、実は何とも申し訳なさそうな顔をした医師の顔だったことでした。
「落ちついて聞いてくださいね。残念ながら腫瘍は悪性でした。癌です。」
と、本当にお気の毒そうに、眉をひそめながら、絶望的ですといった声のトーンでの告知。
こんな告知の仕方じゃ、たいした癌じゃなくたって患者は不安になるよ。ダメだって先生。
心の中でそう思いました。
そして、「この医師にだけは治療して欲しくないな。」って思っちゃいました。
治るものも治らない気がしてしまいます。
(後で書くつもりですが、結局、隈病院に転院しました。)
50年も生きていれば、細胞の複製エラーも起きて癌になるよなあ。
私が癌になって思うことはそれに尽きます。
よく癌になった人が、「なぜ私が・・・。」ということをおっしゃるけど、癌は誰にだってなる可能性はあるし、年齢を経れば経るほど複製エラーも起きやすくなるわけで、特別なことなんか何もないわけで・・・。
ただ、それがどこの部位にできるか、どんな細胞の顔つきをしているかが問題。
治療法は何を選択するか、どこの病院で、どの医師に診てもらうかが多分一番重要なんだろうと思います。
よく、納税者の方が、「いい税理士を探すのは大変。」とおっしゃいますが、医師との出会いは、税理士探しにも似ているかもしれないな…ちょっとそんなことも思いました。
相性というのもあるだろうし。
実は今、甲状腺癌摘出手術のため入院中。
同じ病気の人の参考になればいいなと思い、ここに記録することとしました。
少しずつ、癌になって経験したことを書いていきたいと思います。
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