人口動態と家計の貯蓄・投資動向
人口動態と家計の貯蓄・投資動向
著者: 片桐満(法政大学)、小田剛正、小川泰尭、篠原武史、須藤直(日本銀行)
研究報告書番号: 24-J-3, 2024年7月12日
1. はじめに
キーワード:
人口動態
家計の資産選択
自然利子率
デフレーション
経常収支
JEL分類コード:
E21: マクロ経済学 - 消費・貯蓄・資産
E31: 物価水準・インフレ・デフレ
J11: 人口動態の変化、マクロ経済への影響、予測
要旨
人口動態は、労働力の規模や構成の変化、そして家計の貯蓄・投資行動の変化を通じて、実体経済に趨勢的な影響を与えると考えられる。本稿では、少子高齢化がもたらすマクロ経済的な帰結について、自然利子率や内外資産選択の観点から分析し、既存研究の考え方を整理する。
2. 日本の人口動態
概要
日本では、第二次世界大戦以降、出生率の低下と平均寿命の延伸が続いている。過去20~30年間において、高齢者人口(65歳以上)の割合は1990年の10%強から2023年には30%近くまで上昇している。
合計特殊出生率、平均寿命、老齢従属人口比率の推移。
3. 人口動態が自然利子率に与える影響
背景
元米国財務長官のサマーズ氏が「長期停滞論」の可能性に言及し、人口動態の変化が自然利子率を押し下げる要因の一つであると指摘して以来、このテーマへの関心が高まっている(サマーズ、2013、2014)。先進国では、少子高齢化が進む中で自然利子率の推計値が下降する傾向が見られる。
分析
最新の人口データを反映した世代重複モデルを用いて、日本の人口動態が自然利子率に与える影響を評価する。具体的には、実際のデータと仮想的なシナリオに基づいたシミュレーションを行う。
主な発見:
過去40年間で少子高齢化は自然利子率を100ベーシスポイント以上押し下げている。
人口動態の変化が自然利子率に及ぼす影響のシミュレーション結果。
4. 人口動態と国内資産選択
年齢による資産選好
高齢者は若年層に比べて、安全性や流動性を重視する傾向があり、日本においても高齢者の現預金保有割合が相対的に高い。
日本における年齢層別の金融資産保有動機と金融資産保有額。
実体経済への影響
基調的なインフレ率の変化が家計の資産選択を通じて実体経済に与える影響は、主にマンデル=トービン効果と再分配効果の2つの経路で考えられる。
分析
世代重複モデルを用いて、基調的なインフレ率の変化が実体経済に与える影響を測定し、人口動態の変化シナリオも評価する。
主な発見:
インフレ率の低下は現預金保有の増加を招き、資本ストックの減少と産出量の減少、経済厚生の悪化を引き起こす。
日本における有形固定資産残高と現預金残高の推移。
若年層と高齢層の間での再分配効果の例。
インフレ率が変動した場合の影響をシミュレーションした結果。
実際のインフレ率の推移と仮想的なシナリオの比較。
5. 人口動態と内外資産選択
経常収支の動向
日本の経常収支は過去20~30年間にわたり黒字を維持しているが、その内訳は大きく変化している。2010年代以降、貿易収支は赤字となり、所得収支の黒字幅が拡大している。
日本の経常収支とその内訳の推移。
分析
世代重複モデルを用いて、人口動態の変化が内外資産選択および経常収支に与える影響を評価する。
主な発見:
少子高齢化に伴う国内貯蓄の増加により、資本は収益率の高い海外へ流出し、所得収支の黒字幅が拡大する。
経常収支およびその内訳に対する少子高齢化の影響。
経常収支に及ぼす少子高齢化の影響をシミュレーションした結果。
6. 結論
要約
人口動態の変化は自然利子率、基調的なインフレ率の影響、経常収支に大きな影響を与える。包括的なシミュレーションの結果、日本の少子高齢化は以下の影響をもたらしていることが示唆される。
貯蓄の増加による資本深化を通じて自然利子率を下押ししている。
資産保有の貨幣シフトによりインフレ率の低下が産出量と経済厚生に与える負の影響を拡大している。
経常収支を黒字方向に牽引している。
今後の研究
日本の急速な人口動態の変化を考慮し、これらの変化が経済活動や金融政策に与える影響について、国内外の研究を継続的にフォローすることが重要である。