まだ何者でもなかった美容学生時代。

まだ何者でもなかった美容学生時代の自分。

もうすぐ3月。年明けからもう二ヶ月経つと思うとゾッとしますねー。

丁度、学生さん達は学校を卒業して就職される方も多いと思うので今回は私の美容学生時代について書いていきます。


美容学生時代



高校時代は危うく卒業出来ないんじゃないか?ぐらい全く勉強もしないし、素行も悪く地元の底辺校をギリギリなんとか卒業したぐらいの…。

もっと言ったら、30年前当時に『名前を書けば入れる。』って言われてた私立の滑り止めすら、落ちる始末w

中学の担任の先生から『横内、お前落ちたぞ!』
私『なんで!名前書けば入れるって言ったじゃねーかよ!』
先生 『お前の名前、ちょっと難しいから間違えたんじゃないか?w』
私 『あ、確かにー!』

本当は進路が無くなるかいなかの大事な時に、そんなユーモア溢れるやり取りをしてくれた先生のお陰でネガティブにならず、ポジティブに次に進めたかも知れませんw

私の生い立ちや子供時代も書いていこうと思いますが思い返すとまぁまぁハードコアな子供時代だったのでそれはまた別の機会に。


そんな高校だったので、進学する生徒なんて私の思い違いでなければほぼいなかったんじゃないかなー?
就職か専門しかいなかったような??

めっちゃざっくりですが、そんな中で私は高校二年生ぐらいに美容師になりたいなと思い始めて美容学校を目指す事に。

当時1998年ぐらいは美容師ブームになる一歩手前。

つくば市はその当時TX(つくばエクスプレス)も無くて、陸の孤島と言われていた時代。

若気の至りでどうしてもオシャレな生き方をするには原宿に行かなきゃいけない!東京に住むしかない!!
と鼻息荒く思い込んでいた私は裏原宿にあった美容学校の今は無き『アーデン山中ビューティーアカデミー』を仲の良かった先輩に教えて貰って、その学校を目指す事になりました。

上京した18才当時。punkでしたw

住む場所も『代官山』に住みたい!と思って、代官山の不動産さんに18才の田舎の少年が突撃して、それでも温かい眼差しで『君、代官山に住むって家賃いくらするか知ってる?』
って現実を教えてくれた不動産屋さん。
それでも『ここ、急行停まるからこの駅にしな!』と勧めてくれたのが学芸大学だった。

つくばの田舎から上京した私からしたら自転車で駒沢通りをちょっと行けば代官山に着くって感動ものだった。
悩んだりしたらいつもチャリで西郷山公園に行ってブルーハーツ聞いてたなーw


色々と割愛しますが、家庭環境と私のあまりにも低い学力の為、昼間部ではなく『夜間部』になんとか入学を果たします。

昼間は朝早くから建築現場のバイトに行き、18時から21時まで学校に通う日々。

こう書くとシリアスな話しになってしまいますが金銭的な事や、バイトで社会の厳しさをこの時に経験出来た事が自分のメンタルを鍛える良い機会になったので夜間部で本当に良かったと思います。

勿論、大変な事ばかりじゃなくめちゃくちゃ遊びました!とにかくオシャレになりたくてファッションと音楽にのめり込んでいた時期。

夜間部だったので一年半と短い期間だったけど私の人生の大切な一部になったし、美容師になる前のとても良い準備期間になりました。
あの時の同級生は今どうしてるだろうなー。

めちゃくちゃ偶然なんだけど、同じ学校にY&Co.のマネージャーの飯村がいましたw
因みに高校も一緒で!
『ご縁』って本当にありますよねー。今でも日々一緒に頑張ってる掛け替えのない仲間の1人です。


美容学校時代のまだ何者でもなかった頃。
ただただシンプルに『カッコ良い美容師』になりたかった頃。

あれから28年経って今の私の状況があるのは、どんなに辛くて大変で地べたを這いずり回った経験、生活をしながらもずっと諦めなかったのは、高校時代や専門時代に思い絵描いていた『美容師』になれたから。
私にとっては夢だった美容師だから。

ACのCMじゃないけど、家庭環境や学歴で他の方々とスタートラインはずっと後ろからのスタートだったかも知れない。
(Y&Co.では奨学金で美容学校に通った子に、奨学金の一部負担(上限一万円)をしています。私自身の実体験を踏まえて、Y&Co.の奨学金負担制度は行っています。)


だけど伝えたいのは、そんな状況でも美容師になる夢を諦めず、人間力と技術力、それと『人との出会い』を大切にして素直に謙虚に感謝を忘れずにコツコツ努力を継続していけば、好きな美容師の仕事を続けていける。

私はそもそも『経営者』になりたくて、美容師になったわけじゃなく、『美容師』になりたくて美容師になりました。

今は週二日ほどサロンに立ってます。


勿論、今は経営者としての責任を全うしつつ、大好きな美容師の仕事も日数は少ないながらも、ハサミを置かずにこれからも1人のスタイリストとしてもサロンワークは続けていこうと思います。


1998年お金もコネも知識も技術も何も無く、何者でもなかった自分に伝えたい。

『本当、よく頑張ったねー!!』
あの当時の自分のお陰で今の好きな仕事を続けられている自分がいるから。

過去の自分や関わってくれた方々に感謝しかないです。

次回は初めて就職した時の事を書いていきます。


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