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ベースは昨年残念ながら脱退【バンドを組む残像】

 5号室の玉木はレク室に並んだパイプ椅子のど真ん中に陣取っている。車椅子の浜が前をゆっくりと横切り、テレビのリモコンを手にする。玉木が
「テレビやめい!」
 しわがれ声で叫び、浜はリモコンを取り落とす。毎度怒鳴られるが、浜はすぐ忘れてしまう。介護師の徐が「テレビは、みんなのものですよ」とのんびりたしなめる。玉木は目をつむり、両手を前に構えて待つ。そのうち、3号室から歩行器に掴まった猪俣がよろめきながら、そして女性棟から髪の長い清水がやって来る。
 玉木はおもむろに立ち上がり、ギターを抱えた格好で右手のピックを振り上げた。
「ででっ」彼の口から一音目が発せられると、猪俣が通路に立ち止まり、両手を放してマイクを握って裏声で始める。「ユ~ァマ~イ」玉木が激しいリフ、清水がキーボードをかき鳴らす、そして先ほど叱られた浜がドラムで応戦する。

 大概、猪俣がむせ込んで自然消滅する幻のバンドだった。

 徐がテレビをつける。

 毎日の、ことであった。

(410文字)

なんやかんやで二週飛ばしてしまいましたが、たらはかに(田原にか)さんの毎週ショートショートnote、今回は参加できました。
お題は『バンドを組む残像』残像感を出すのが案外難しいと気づきました。まだまだ至らず。まあ、お楽しみいただければ。

たらはかにさんの9/29のお題募集はこちら。

同企画参加、自作のたまり場はこちら。


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