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チーム・ニコラウスより愛を込めて 下

chapter 3 複雑な思いをみた


 白とミントグリーンのペンキで塗り分けられたキッチンで、ボクは紅茶を、彼女はコーヒーをブラックで飲んでいた。
「よくそんなもの、飲めるわね」スプーンが刺さりそうなほど濃いコーヒーをすすりながら、ブリッツェンが口の端を歪めて笑う。
JANATジャンナッツのウヴァなら香りもきつくないし、おいしいよ」
「違うわ、砂糖入れ過ぎだって言ってんの」
「ジャムだよ、ロシア風に」
「ジャムだって砂糖入ってるでしょ」

 会議が終わって各自が部屋に散り、その後は平穏に一日が過ぎた。時刻はすでに真夜中に近い。
 僕とブリッツェンは、休憩のタイミングが似ているらしく、キッチンでこうして一緒にお茶することが多い。そしていつも、甘い甘くない、濃いの濃くないの、という話になる。

「ねえ」急に彼女がカップを置いた。
「どうしてアナタは会議でほとんど何も言わなかったの?」
 責めるような口調に、僕は静かに答える。
「元々僕は傍観者として参加しているから。あれは君たちの会議だからね」
「でもアナタを乗せて走るのよ、あたしたち」どうしていつも、あたしたちの会議に出ないのか不思議なのよ、彼女からは何度も同じことを問われている。
「別にあたしらの会議だからって、アナタだって言いたいことがあったら言えばいいのに」
「特にない」
「嘘でしょ」
 ブリッツェン、美しい眉を寄せて真剣な目で睨んだ。
「ルディーについてはどう思ってんの? 本当にいつまでもリーダーをやらせておく気?」
 僕は肩をすくめる。「世論には逆らえないからね」
「じゃあ、あのツイッタ―で『セイント・ニッコラはもうサンタを降りたほうがいい』ってコメントが世界中にリツイートされまくったら、あなたはサンタをやめるわけ?」
「それもやむを得ない、時流だったら」
「あきれた」
 つぶやくようにそう言って、またカップを取り上げる。
「時々アナタがずっと年下なんじゃないか、って思う時があるわ」

 またしばし、静かに時はすぎた。

 キッチンへの入り口に、音もたてずにマリアが現れる。僕の顔を見上げて、うれしそうにしっぽをぴん、とたてたが急に後ろから来た足にけつまづかれて「ぎゃ」と短い抗議の声をあげ、どこかに走っていった。
「ごめん」姿を消した猫に謝っていたのはヴィクだった。手に持ったリストに気をとられていたらしい。
「すみません、ニック。おくつろぎの所」
 たぶん、案外うっかりしている所がマリアに嫌われている原因なのだろう。あ、でもうっかりという点では僕も負けていないが。
「本部からリストが届きました。あと、ダッシャーが今からなら時間が空いてます、と」
「わかった」
 僕はようやく重い腰をあげた。

 プレゼントの配布には、実際の物品を袋に詰めることもあるが、たいがいは『委託品』へのスピリッツ注入作業がほとんどだ。
 クリスマスの奇跡を信じる人々の両親が、家族が、そして友人が心をこめて用意した品物、それを枕元やツリーの元に置く、そうすると僕らがその場に赴き、それらの品々に『魂』を注入するのだ。
 この日の贈り物が特別の意味を持つ、それにはこういった訳がある。もちろん、信じる者にとっては、だけれども。
 アフリカの一部に、飢餓で苦しむ場所が数多くある。その中、東アフリカの某所にカトリック系の国際的な人道支援組織がいくつも拠点をつくり、子どもたちへの支援を厚く行っていた。
 小学校を整備したり、各国から図書を募って図書室を充実させたり……
 そんな中、子どもらが一番心を奪われたのがやはり、一連のクリスマス・ストーリーだった。
 そして、ここが面白いことにインターネット動画の影響で、食べ物についての情報も次々と取り込んでいるらしい。
「クリスマスには、ぼく、『ビッグマック』が食べたい」
 一人の少年がそう言ったのをきっかけに、あっという間にその近隣の子どもたちが同じことを言いだした。
 支援団体は熟慮の上、企業に相談して大量のビッグマックを用意し、その貧しくもけなげな子どもらに配ることに決めていた。
 いかにも企業の宣伝活動っぽいが、それでも今年限りの措置らしく、僕らにも十分にその気持ちは伝わったので今回は、それら物品へのスピリッツ注入作業と不足分の戸別配布を行うことになった。もちろん、北欧の架空団体の名を借りて協力を申し出たのだが。
 サンタが迷うのはおかしいが、それでも、何となくこの件がひっかかり、僕はダッシャーの意見を聞きたいと思っていたのだ。
 
 ダッシャーは「そういうのもたまにはいいんじゃないでしょうか」と相変わらず控えめだが、しかし明確な口調で答えてくれた。
 他の諸問題も色々と腹を割って話し合い、僕はいくぶんすっきりとした気分で彼の部屋を辞した。
 
 廊下の角を曲がった時、ルディーの部屋から誰かが飛び出してきたのがみえた。
 ドゥンダーだ。
 かなり頭にきているようで鼻息が荒い。髪が怒りのために立っているのかと思うくらいだ。
 通路の端に僕をみとめ、はっ、と狼狽した表情を浮かべたがすぐに
「ニック、おやすみなさい」
 とってつけたような明るさをこめて、自分の部屋へと急ぎ足に戻って行った。
 気づくと、ルディーが部屋のドア脇に立っていた。あい変わらず鼻を赤くしている。
 珍しく、動揺した表情だ。
「ああ、ニック」急にいつもの、取りすました眼になった。
「彼のスマートフォン、預かっていただけますか」
 スカイブルーの薄っぺらい機器を、僕は受け取って胸ポケットに入れた。
 彼はまだ何か言いたそうだった。僕は待つ。
「あの……」ようやく口を開いた。
「実際、お聞きしたいんです。アナタがどう思っているのか……」
 珍しくためらう口ぶりだった。
 僕は静かにたずねた。
「考えを? それともどう感じているか?」
「どちらもです」
「何に対して」
「全てです」ルディーがきっ、と目を上げる。
「本当は、ご不満があるのでしょう、私に」
 彼は珍しく正直にぶつかってくる。僕も正直になろう。
「不満は感じている。君がドゥンダーをかばい過ぎていると思ったよ、それにダッシャーに対する態度も」
 彼は下を向く。

 やはり僕の言葉は重いのだろう。それもあって皆の前では不用意に色んなことを口にしたくない。何と言っても今は彼がリーダーだし。
 それに彼がこの場に居る理由、それも僕の口をつぐませた。
 いくら彼が鼻もちならなくてイヤな奴だと煙たく思っていたにせよ、僕には実際、そこまで彼を責める権利はないのだ、たとえ心の中だけにせよ。
 
 他の精霊たちにはない事情、それが彼を縛っている。
 廊下の乏しい灯りの下で、彼の肩が小さく見えた。初めて会った時のように。
 
 彼は精霊として生まれ変わる前、『人間』として生を終えていた。その時の記憶をまだ、生々しく引きずっているのだ。
 他の精霊たちは長いながい歴史の中、動物や植物、それに宿る精霊たち、そういったスピリットから生まれ替わったものばかり。寿命の長い純粋精霊からの生まれ変わりもいる。彼らには生前の記憶はほとんどない。
 しかしどんな生まれ替わりだろうとここに集う理由はただ一つ。
 偶然、その前の生を終える時にクリスマスの奇跡を信じた者たち、それが僕の元に集まる資格を持つ。
 
 今のドゥンダーを『ドゥンダー』として拾い上げたのはルディーだった。

  彼は罠にかかった小さなオコジョだった。
 デンマークの冬の森の中、まさに聖なる夜に血を吐きながら夜空を見上げ、偶然通りかかる僕たちを見つけた、そして暗い雲間に輝くソリに最期の想いをぶつけてきたのだ。

――ああ、天使さま、来春には素敵な出逢いがありますように、と。

 罠の恐ろしさを知らなかったとは言え、人を怨むことをせずに生を全うした彼の魂を、ルディーは憐れんでそっと自分のコートのポケットにしまって帰った。
 それを知っていたのは僕だけだ。
 
 新年には、すっかり精霊としての姿を整えた彼を、僕は皆に紹介していた。
 ちょうど引退を宣言していたかつてのドゥンダーは、温かく彼を抱きとめて迎え入れた。多分彼は、長い僕たちのつき合いの中で事情は察してくれたのだろう。
 
 もちろんドゥンダーにはオコジョだった頃の記憶などない。今を楽しく生きる、それが元々の彼の資質なのだろう。
 他の連中も大なり小なり、『現在いま』に生きている。それぞれがチームに参加した事情にも無頓着だ。
 ただ、理由も深く考えないままに僕を頼って、日々の営みとはこういうものだとすっかり落ちついてここに居る、そうして年に一度のイベントにエネルギーを燃やすのだ。
 ある日訪れる引退の時まで、または己の長い寿命の終わる時まで。
 
「それでもね、ルディー」
 僕はそっと付け足した。ルディーが顔を上げる。
「君がリーダーで議長であることは変わらない。僕はそう考えている、君に任せる、って」
 
 ダッシャーに対する嫉妬も判る。ルディーにとって、彼はあまりにも完璧すぎるのだ。
 なのにどうして自分が議長でいられるのか? その判断をどうして僕が許しているのか。
 もっと強く確かな後ろだてを、彼は求めている、それはよく判っていた。 
 
 彼の心の中では、相変わらず何かが戦っていた。碧い瞳がつかの間宙を迷う。
 しかし、すぐに彼はきっ、と僕をみつめて言った。
「あなたは外せないんです、この意味が解りますか?」
 人間であった時の強い『自我』が、そして激しい『感情』がその瞳の中に青く燃え盛っている。
 
 精霊となってもなお、彼はせめぎ合う諸々の感情によって、嵐の中の帆船のように翻弄されているのだ。僕がしばしば彼に感じるうっとうしさ、それは生の感情がそのまま、僕にぶつかってくる点なのかもしれない。
 
「あなたは、私たち全ての……私の」
「もういい。十分解るから」
 僕は彼の肩にそっと触れた。しっかりと力を張った肩、しかし、どこか脆く儚げでもある。
「僕も悪かった、もう弱音は吐かないよ、たとえ庭ででも」
 ルディーは僕を睨みつけたままだった。今は怒りでしか感情を示せないようだった。
「それにもうクリスマスがくる。愚痴を言っているヒマもなくなるしね」
 あえて明るく言って、僕は部屋に戻った。彼がずっとこちらを見つめているのを背中で感じながら。

chapter 4 困難な仕事を終えて、なう


 本番の日。
 かつては12月6日に僕を記念する日があったのだが、結局近頃では24日の晩を利用して世界各国を回っている。
 これも時代の流れというものだが。
 
 館を出立する時、僕は今一度煌々と明かりのついたテラスを見やった。
 対照的なふたりが見送っている。かたや、幸せな笑みをたっぷりと浮かべた蜂蜜色の天使・キューピッド、そしてむっつりと腕を組んだままのドゥンダー。
 まっ白な雪の庭にはすでに、橇がしつらえてありメンバーは全員所定の位置に待機していた。
 先頭にはルディー、さすがに今日はとりすました感じはなく、緊張した面持ちだ。
 そして続いてダッシャーとダンサーが並び、次にプランスとヴィク、しんがりはブリッツとコメット。
 以前は全員で出動したこともあるが、もう少しコンパクトに出かけた方がいいという意見も上がり、その後バックヤードでオンライン管理ができるようになったのをきっかけに、いざという時の連絡役も兼ねて二人ばかり館に残ってモニタを視ているのが慣例となった。

 僕も緊張していた。
 しかし、前日までの気欝な重さは既に消えている。今は、もうやることをやるだけ、という清々しさが胸に満ちていた。
「では行こうか」
 僕は、先頭のルディーに声をかける。
 ルディーが右手を真直ぐ天に差し挙げ、ひと声高らかに宣言する。
「神よ、祝福あれ」
 周りに白い光が満ちた、そして、みるみるうちに僕らは変身を遂げる。トレンチコートの一群は、ベルベットのようなつやにみちた毛皮に包まれた、荘厳とも言える巨大なトナカイと化した。彼らをつなぐ馬具もまぶしいくらいに豪華で、その綱が白銀色に輝く橇へと続いている。
 そして僕も、普段の華奢な外観からみるみるうちに恰幅のよい大男へと変身、白い髪と髭がふさふさと生え、シルクの真っ赤な衣装とすべすべのマント、白い房飾りに取り囲まれた。

 世間が何と言おうと、僕はやはりこの姿が大好きだ。
「HO-HO-HO!!」
 声高らかに、僕はクリスマス・エクスプレスの出立を宣言し、ひらりと橇に飛び乗った。
 鞭を振る間もなく、橇は煌めく一筋の矢となって天へと駆け昇っていく。
 大きく螺旋を描きながら、橇はぐんぐんと凍りついた上空へと昇り、まずはまっすぐに、極東を目指す。
 遥か下界、暗い森のはずれに一軒ぽつりとみえる金の光のもと、確かに手を振るキューピッドが見えたような気がした。
 
 クリスマスの旅は始まった。

 
 僕らはすでに大半の任務を終え、遂に最終目的地のタンザニア国上空に滞空していた。
 ここまでは順調だった。
 しかし、アジア地域での件数の多さを少し甘くみていたようで、思ったより時間がかかってしまった。用意していたランチの紙袋もずっと、足下に置いたまま開けるヒマすらなかった。
 人間界に流れる時間は僕らの活動中はほとんど止まっているから問題はない、しかし、僕らだって仕事が多ければそれだけ疲れる。早く切り上げて館に帰りたいのは誰も一緒だった。
 
 それでも、スピリッツの注入でも特に目立った問題はなく、いよいよ、ダッシャーに相談していたハンバーガーの配布作業に入ることとなった。
 僕らはまず、5つの村をめぐり、スピリッツを降らせて既に子どもらの枕元に配られていたハンバーガーを祝福して歩いた。
 中には、途中で起き出してちゃっかり食べてしまった子もいたようだがそういう時にはその子を祝福した。

 いよいよ、袋の中に残った現物を支給する所まできた。次々と包みを出して、それぞれの村の子どもらに配り歩く。
 さすがにトナカイたちも疲れが出てきたようで、僕はこまめに彼らに声をかけて一歩前に出てもらったり、右にかじをきったり少し下がってもらったり、また、袋の中からまとめて包みを取り出して次々と彼らの家を巡ったり……こう言っては悪いが、お終いに近づくにつれて何となく機械的作業となっていた。

 しかし、とうとう袋の中には最後の一袋を残すのみ。
 僕は感慨を込めて、村はずれの一軒家の前に立つ。

「こちら本部」キューピッドの声が耳につけた通信機から聴こえる。
「いよいよ最後ですね、アンナ・マサヴェ、10歳」
 この家の少女は、両親をエイズで亡くし、現在は祖母と二人きりで暮らしていた。
 それでも、信仰心は人一倍厚く、祖母にも周りの人々にも親切で優しく、勉強もよくがんばっていたので、僕は特別の思いを込めて、最後の紙袋を取り出した。
「え?」
 手を突っ込んで気づいた、何かがおかしい。

 ずいぶん柔らかいぞ。それに毛が……
 出てきたものを見た、ハンバーガーの袋が長いしっぽを振った。
 僕は素に戻って大声で叫ぶ。
「マリアーーーーーーーーーーっ!?」
 トナカイも、橇も、通信機の向うのキューピッドも、メンバー全員が凍りついた。
……ただ一人、ドゥンダーを覗いては。

 
 アンナの枕元に、僕のサンドイッチの袋を置いて、それを丁寧に祝福した。
 彼女はこれから、一生食べるものには困らないだろう、例えそれが粗末なものだとしても。
 通信機の向うでドゥンダーを激しく責めているキューピッドの声をあえて聞かないようにしながら、僕は、村はずれに停めたままにしてある橇に戻った。
 ルディーの鼻づらに手をかけ、僕は厳めしい声で命じる。
「ルディー、『膝を折れ』」

 今までこの仕事をやって、二回しかしていない命令。
 一度は300年ほど前。ケガをしてしまったダッシャーに対して以来だ。

 トナカイは頭を垂れ、前足を膝から折り曲げて地につけた。
 みるみるうちに魔法が解け、トレンチコートのクルーカットが膝まづいたままの格好で目の前に現れた。
 彼は黙ったまま、地面を見ていた。僕も黙って、彼の肩を抱えるように橇の脇に乗せた。
 隣に座った時、彼がようやくつぶやいた。放心したような表情だ。
「知らなかったんです……」
 館へと帰る間、僕らは一言も口をきかなかった。
 マリアはルディーの膝で丸くなって眠ってしまった。それから彼はずっと少し前をみたまま、猫の背中を撫でていた。
 
 彼が人間だった最期の時を思い出していた。ルディーもきっと、その時の思いに浸っているのだろう。
 彼は第一次世界大戦の時、一兵卒として西部戦線にいた。
 塹壕に居た時に近所の廃屋から子猫の鳴き声がした。頭を上げると、親とはぐれたらしい猫が一匹、壊れた戸口からよろめきながら外に出てくるのが見えた。脇にいた若い兵士がとっさにその猫を救おうと立ち上がった。「馬鹿、伏せろ」彼をかばって立ち上がり、その時に敵の銃弾を頭に喰らった。
 それからずっと病院のベッドで半死半生のまま過ごし、クリスマスの晩に亡くなった。

 僕が彼をみたのは、その時だった。
 彼は魂になる寸前に、涙を流しながらこう聞いたのだ。
「クリスマスには、母の元に戻れるでしょうか」
 家には、独り息子の回復を待つ母が窓辺でじっと眼を閉じて祈っていた。
 僕はかぶりを振って、彼に優しく手を差し伸べた。自分の元へと迎え入れるために。
 
 彼はそれを覚えていたからこそ、あのオコジョを見捨てることができなかったのだろう。僕は、手綱を操りながら時おり彼の横顔を眺め、また前を向き、を繰り返していた。
 
 極北に近い館へもう少しで着く頃、目の前に七色の光のカーテンが拡がった。
 暗い空いっぱいに幻想的な揺らめきが僕たちを迎え入れようと踊っている。
 ふと思い出し、胸ポケットに突っ込んであったドゥンダーのスマートフォンを取り出す。
 もしかして、と思って充電しておいたのだ。

 先日、ふと興味があってダンサーに聞いてみたのだ。彼女も隠していたがスマートフォンは持っていた。さすがにツイッタ―はやってなかったが。それでも操作方法をいくつか教わって、基本的なことは覚えておいた。

 僕はいったん手綱をルディーに任せ、目の前に拡がる光のショーを撮影した。何枚も何枚も。
 ふと思いついて、更に操作をする。ええと、日本語表示もあるな。僕はなぜか日本語が好きだ、文字をいくつか打ちこみ、そして、送信。
 自然に頬が緩む。ルディーが不審げな表情でこちらを見ていたので、手綱を戻してからわざと顔をしかめて言ってやった。
「何だね、赤鼻くん」
「いえ別に」
 ルディーはまた目を伏せ気味に、猫を撫で続けた。
 
 帰ったのは夜明けだった。
「この世の全ての暗闇よ、朝を迎え入れよ」
 橇の上に立ち、僕が(お気に入りの格好のまま)またひと声高らかに宣言。
 全ての魔法が解け、館の庭、白い雪野原の上に僕らはまた勢揃いした。
 ドゥンダーが目の前に立っていた。
 目にはいつもの甘えたような感じはなかった。どこか強い、何かを思いつめた光があった。
「ルディーは悪くありません」
 白い息をいっぱい吐きながら、彼は泣きそうな声で言った。以前の記憶がなくなっていても、ルディーへの忠誠心は沁みついているらしい。
「すみません。でもこれだけは言わせて下さい。ルディーは何も」
「分かってるよ」僕は、胸ポケットからスマートフォンを出して彼に返した。
 彼は受け取らずに言った。
「もう必要ありません。それに、僕にはもうここにいる資格はない。出て行きます」
「私も出ていきます」
 後ろからの声にふり返ると、やはり強い目をしたルディーがいた。
「この責任は私にもある。彼を選んだのは私です」
「いいや」僕は、敢えて声に威厳をこめて言った。でもやはり、貧相な灰色のセーターに砂色のぼさぼさ頭では効果はないか。

 それでも彼らはしん、と次の言葉を待った。

「ルディーはリーダーから降ろす。でもチームにはちゃんと残るように」
 少し、彼の肩から力が抜けたようだった。僕はダッシャーに目をやった。
「来年は君がまたリーダーをやってくれ」
「分かりました」
 相変わらず控えめな口調。しかし、その後の言葉には皆、あっけにとられた。
「あと10年という期限付きでよければ、その後はまたルディーにお願いしたいので」
「えっ」
「……実は」
 修道僧・ダッシャーは少し恥ずかしそうに付け足した。
「ハワイに土地を買ったんです、ええと、火山の精霊とちょっと……知り合って」
 あまりにモジモジしていて、気がついた。
「って、彼女?」
「はあ……実はもう子どもが」

 できちゃった婚かよーーーーーーーー!

 一同、口にほこりが入りそうな様相。ルディーでさえ、口があんぐり開いている。
 僕は一応何でも知ることができるが、さすが、ダッシャーについてはノーマーク。完全に足もとをすくわれた。
 でもまあいい、精霊だって幸せになる権利はある。 
「分かったよ」
 えへん、と咳払いしてとりあえず、ルディーにも「いいね」と確認をとる。
 元よりルディーに異存はないようだった。赤い鼻を更に赤らめて、ようやく
「ありがとうございます」と答えた。
「ドゥンダーはどうするの」
 我に返ったらしい、ブリッツの声が響いた。
「ツイッタ―の件、どう落とし前つけるの」
 それでも重大な任務が済んだばかりということもあるのか、言葉尻からやや、険がとれている。
 好い機会なので僕はさりげなくスマートフォンを取り出し、皆の前で拡げる。
「ツイッタ―は許可する。それにここに残るのも」
「えええ」抗議の声が上がる。「これ以上好き勝手させるの?」
「僕らの宣伝活動をしてほしい」
 僕は彼にまっすぐ向き直って、その淡い空色の瞳を見つめた。彼の眼が真摯に見返す。
 僕がルディーを許したことで、僕に対しても誠意を示そうとしているのがよく解った。
「どういうことでしょうか?」
「無責任なことを書かない。でも、世界のみんなに夢を発信し続けて欲しいんだ」
「私がチェックしてあげるわ」
 ダンサーが横から笑いながら言った。
「私もね。でも私は抜き打ちよ」
 ブリッツがわざと怖い声でつけ加える。
「頼もしいな、例えばこんなふうかな」
 言いながら、僕は橇の上から彼のアカウントで発信したツイートを表示した。
「何これ」
 ブリッツがまずそれを取り上げ、画面を覗きこんでそれからははっと笑った。
「……日本語じゃん。もしかして、ニックが?」見せて見せて、と周りから手が出る。連中は回して内容をみては、吹き出している。
 
 そこにはこんなツイート。画像は帰りに撮った写真。

『雷鳴くん@thunderbolt0807 オーロラなう。pic.twitter.com/******』
 
 最後に受け取ったドゥンダー、画像を見ながら泣きそうな顔で笑っていた。
「あと、紙袋とかゴミをやたら散らかさないこと」
「はい、ボス」
「……相変わらず返事が軽いなあ」
 コメットを見ると、彼女も優しく笑っていた。


 
 これでこの年のクリスマスの話はお終い。ご静聴いただきありがとう。
  皆さまにも、よいクリスマスを。神の御加護を。
 


おしまい


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