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「何があった」 01

【あらすじ】離婚後ひとり暮らしの和也は、隔週で訪ねてくる高1の娘・夢香と小5の息子・太一が楽しみにしていた花火大会に送る約束をしていたが、風邪でふたりだけを会場にやることになった。高速を使っても車で1時間以上離れた浜居市の湖東花火大会会場にバスと電車を乗り継いで出かけた子どもたち、しかし大会は「何だか分からない」災害のため中止となり、ふたりは逃げる途中で行方不明となる。和也は体調不良をおしてひっしで子どもたちを捜すが、悪夢のような出来事が次々と降りかかってきて……周りで起きる災厄など自身とは無関係だと思って今まで過ごしてきた男の悲劇。

あらすじ263文字、本文47000文字弱

【序】

 濁流渦巻く草地の土手に佇んでいた。犬の散歩だったが、すでに犬は我が家にはいない。いつの記憶なのか。
 濁流は小さな川のわりに地響きをたてるほど激しくて、かすかに揺れる足元にまで時おり泥濁りの波が押し寄せる。五回に一回は、足先を舐める。いや、割合はだんだんと間を詰めている。今では三回に一回だろうか。
 こんな濁流をテレビで見守っていたのはかなり若い頃だ。まだ学生だったかと思う。テレビは逐一、沿岸に押し寄せる津波を追いかけては見える限りの光景を映し出していた。俺はテレビの前で手に汗握りながら、いや、唖然としながら、どうだろう、どんな気分か今でははっきり言えないのだが、逃げ惑う車の列や、押し流される建物などを眺めていた。
 その中に生きている人がいるのだと、思い至ることはなかった。ただ、すごいねえ、こわいねえ、と家族と言い合っていただけだった。言いながらも自分のことばの空しさにどこか気づいていたのだろうか。濁流を見ていて、そのことを思い出した。
 それは自身に降りかかるものとは、大きくかけ離れていた。足元の濁流でさえ、そこから流れ行くともはや自身の人生とは何のかかわりも無くなってしまう。昨日、家庭ごみを裏の土手から放り投げる隣人を見たばかりだった。俺は呆れて口を開けたままだったが、ふと目が合った隣人は、どうもこんちは、変な天気ですね、と言っただけだった。もはや自身には関わりなくなった家庭ごみは、濁流の彼方に消え去っていた。

 関りはない、ずっとそう思っていた。漠然と信じていた。


「何があった」 02 【8月7日 午後4時―1】 →
「何があった」 03 【8月7日 午後9時過ぎ】 →
「何があった」 04 【8月7日 午後10時過ぎ】 →
「何があった」 05 【8月7日 午後11時過ぎ】 →
「何があった」 06 【8月7日 午後4時―2】 →
「何があった」 07 【8月7日 午後5時過ぎ】 →
「何があった」 08 【8月7日 午後6時50分から】 →
「何があった」 09 【8月7日 午後8時30分から】 →
「何があった」 10(終) 【8月7日 午後4時―3】 →

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