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『田中角栄 100の言葉』(2023)
田中角栄は当時としては歴代で最も若い54歳で選出された首相で、ベストセラーとなった『日本列島改造論』の著者である。当時を知らない人間からすると「ロッキード事件」で逮捕されていることから、金権政治の権化としてのイメージが強い。でもこの本を読むと、これほど政治家としてふさわしい人間はいないのではないかと思われるほどに、魅力的な人物である。
新潟の寒村に生まれ、18歳で土木の専門学校を卒業。複数の建築事務所で働いた後に独立し、事務所の家主の娘(8歳年上で9才の連れ子有り)と結婚する。28歳の時はじめての選挙では落選したが、翌年に当選。30歳の時「炭鉱国管疑惑」で逮捕(のちに無罪判決)。39歳で郵政大臣に就任。1972年に54歳で首相に選ばれるも、在職日数は2年5ヵ月と意外と短い。3人の女性との間に子どもがいるという破天荒な一面も。
ちなみに現在の首相である石破茂氏は、田中氏の最後の弟子と呼ばれている。
田中角栄を後追いで知った人間として評価できるのは、地方創生に力を入れたことである。
「東京の一極集中は日本を滅ぼす」との思いから、全国へ高速道路と新幹線網を打ち立て、地方に住む人々の生活を向上させ、都市生活者との格差を解消させた。
また、アメリカ頼りではない日本をつくろうと、総理就任のわずか2か月後に日中国交正常化を実現させている。遠い親戚より近くの他人のほうが大事だと、保守でありながら近隣諸国との共存共栄の思想を説いた政治家だった。
タイトルの通り、この本には田中角栄が語った言葉が100紹介されているのだが、そのどれもが印象深い。
世の中は白と黒ばかりではない。敵と味方ばかりでもない。
その間にある中間地帯、グレーゾーンが一番広い。
真理は常に「中間にある」。
まるで仏教の思想だ。
物事は単純な二元論で片付けられず、人の心も相反する2つの気持ちが混在していることを心得ている。
人の悪口は言わない方がいい。言いたければ便所で一人で言え。
自分が悪口を言われたときは気にするな。
「味方を増やすこと」ではなく「敵を作らないこと」を重んじていた。
失敗はイヤというほどしたほうがいい。そうするとバカでないかぎり、骨身に沁みる。判断力、分別ができてくる。これが成長の正体だ。
寒村での生活、吃音、落選、逮捕、長男の死など、人生の修羅場を数多く経験し、社会に揉まれて政界へ進出した。
だからこそ他人の失敗にも寛容で、それを克服しようとする姿を好んだと言われている。
清濁併せ呑むことができる政治家こそ、今の世の中では必要とされているのかもしれない。