柳家小さん「226事件を語る」
五代目 柳家 小さん(1915年1月2日 - 2002年5月16日)は、長野県長野市出身の落語家であった。
剣道家、俳優としても知られた。
本名:小林 盛夫。出囃子は「序の舞」。
1995年、落語家として初の人間国宝に認定された。
前座時代の1936年、歩兵第3連隊に徴兵され、二等兵となる。
同年2月26日に起こった二・二六事件では、決起部隊である野中四郎隊の重機関銃兵として警視庁占拠に出動した。
小さんや同僚兵士は事前にまったくクーデター計画を知らされず、当日出動命令を受けて支給された弾薬が実弾だったことから「あれ、今日は、演習じゃねえんだな」と思った。
反乱部隊の屯所に畑和(後の埼玉県知事)らとともに詰めていたが、むしろ「騒ぎを起こす者がいるので、自分たちは警備のため出動した」と聞かされていた。
しかしおいおい事情が伝わり、知らぬうちに自分たちが反乱軍になっていると知って意気阻喪気味の兵士を見た指揮官に「士気高揚に一席やれ」と命令された。
持ちネタの『子ほめ』を演じたが、「えらいことしちゃった」と気落ちしている兵士たちは笑うわけがない。
「面白くないぞッ!」のヤジに、「そりゃそうです。演っているほうだって、ちっとも面白くないんだから」と返した、という(本人の回顧談[要文献特定詳細情報]より)。
柳家小さんが配属された野中隊の指揮官である野中四郎大尉は、二・二六事件で約500名の下士官兵を率いて警視庁及び桜田門付近を占拠。
29日、山下奉文少将に自決を促され、叛乱の責任を取って陸相官邸で拳銃自殺した、34歳。
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