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「裁かれる者」

男たちは、まっすぐな道を歩いていた。見慣れたようでいて、初めて見るようなビルが両側に建っているが、出入りする人の姿はない。黙々と前に進む一団の中、髭を蓄えた初老の男が、ようやく口を開いた。

「われわれは、いったいなんでこんなところにいるんだ?」

その問いに答えたのは、70歳近い、きちんとした服装をした老紳士だった。

「君はそんなことも知らずにここにいるのか。我々は裁かれに行くのだよ。これから進む道を決められるのだ」

髭の男は、その言葉に怯えたように身を縮めた。

「裁かれる?そうだ……俺は裁かれた!そして……死刑になったのだ」

その瞬間、髭の男の記憶が蘇った。

「俺は、人を殺した。殺すつもりじゃなかったんだ。盗みに入った家の住人が起きてきて、あの老夫婦には悪いことをした。抵抗されて……思わず……」

その話を聞き、前だけを向いていた老紳士が、初めて髭の男に視線を向けた。

「もしかしてお前は、私が死刑判決を下したあいつか?」

その言葉に髭の男は驚いた。

やがて、二人は大きな門の前にたどり着いた。ここで彼らを裁く「審判」が行われるのだ。門がゆっくりと開き、二人は審問台の前に導かれた。

裁きを下す者は、閻魔大王のような威厳をまとい、二人を見据えていた。

「まずは、その髭の男から話を聞こう。お前は、生きているうちにどのようなことをやってきた?」

髭の男は震えながら答えた。

「俺は、他人の家に窃盗に入り、住人の老夫婦を殺してしまいました。でも、誓って、殺そうと思っていたわけじゃないんです……」

すると老紳士が口を挟んだ。

「刃物を持ち、相手が死ぬことを承知で刺しているのだから、殺意は当然認められる!閻魔様、こいつは地獄行きで決まりです!」

裁きを下す者は静かに、しかし鋭く言い放った。

「うるさい。この男を裁くのは私だ。お前は裁かれる側だ、黙っていろ」

老紳士は、その一喝に言葉を失った。髭の男が頭を垂れると、裁きを下す者は再び問いかけた。

「髭の男よ、人を殺めたことは認めておるのだな?今までの人生を振り返り、どこまで戻れば、そのような事件を起こさずに済んだか、考えてみろ」

髭の男はしばらく黙り込んでから、ぽつりぽつりと語り始めた。

「私の両親は早くに亡くなりました。母も私や弟を育てるために必死に働きましたが、体を壊して……中学の頃に亡くなりました。親戚をたらい回しにされ、苦しい生活の中で、高校も中退して肉体労働に入りました。28歳で結婚し、子供も二人生まれましたが、友人に裏切られ、会社は破産、家族とも離れ離れになりました。その後は日雇いで生き延び、10数年もの間、刑務所に出入りする生活……」

彼は目を伏せ、悔しげに言った。

「どこまで戻ればよかったのか、わかりません。いつまで追い込まれても、自分が弱くなければ何とか立て直せたかもしれません。でも、今さら遅い……」

それを聞いた裁きを下す者は、しばし黙考した後に告げた。

「そうか。では、また一からやり直すがよい。もう一度、生まれ変わってやり直せ」

髭の男は驚いた表情を浮かべたが、何も言わずに別の場所へと連れて行かれた。

「なんと甘い判断をされるのか!」老紳士は苛立ちを隠さずに叫んだ。

裁きを下す者は微笑みすら見せずに言った。

「あの男は自分の過ちを認めた。悔い改める機会を与えられたのだ。だが、人生をやり直すというのもまた苦行だぞ」

その言葉に老紳士は憤然とした。

「私が生きている間、何人もの罪人を裁き、正義を貫いてきた。それが私の務めだ。私は決して間違っていない!」

裁きを下す者は冷静に言い放った。

「では、お前は人を殺したことがあるか?」

「ない!」老紳士は即座に答えた。
「私はただ、法に基づいて裁いてきた。私がやったことは、法の執行であり、薄汚い殺人犯とは全く違う!」
裁きを下す者は、いった。
「黙れ!直接手を下さずとも、人間たちが作った法律がそれを許そうとも、殺人は殺人だ。お前は人を殺めた、という自覚もないまま、いままでのんべんだらりと生きてきた、ということか?」
「法律は必要だ。法律に違反したものを、法律に従って、裁いて、それが結果的に死刑だとして何が悪いのだ」と老紳士。
「つまり・・・まったく反省は深まっていない、ということだな。」

「私はただ、法に基づいて裁いてきた。神でもないのに、間違いのない判決など出せるはずがない!」

裁きを下す者は目を細めた。

「それが、お前の罪だ。神でもないのに人を裁き、それが正義だと信じて疑わなかったことだ。お前の裁きが、どれだけの命を奪ったか、知っているのか?誤った罪で、命をどれだけ奪ったのだ?」

老紳士は反論しようと口を開いたが、次の瞬間、彼の周りに無数の影が現れた。
証人として現れたのは、彼がかつて裁いた人々の姿だった。

「お前が私を裁いた!」
「お前の判決で命を奪われた!」
影たちは老紳士を囲み、響く声で叫んだ。

老紳士は耳を塞ぎ、震えながら叫んだ。

「違う!私は正しかった!法がそうさせたんだ!」

裁きを下す者は冷たく言い放った。

「お前の一番の罪は、神でもないのに、自分の限界を認識せず、迷いなく人を裁き続けたことだ」

「連れて行け」
裁きを下す者が冷たく指示を出すと、老紳士は地獄行きを覚悟した。
しかし、彼もまた生まれ変わることを命じられた。彼は、再びこの世に戻り、環境や運命の中で新たな人生を歩むことになる。

自分が正しいと信じた価値観が、すべて否定されるその苦しみは、地獄よりも辛いかもしれない。彼の魂は、これから何を学び、どう変わっていくのだろうか――。

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