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有罪になりたがる男

「お前はいったいなにがやりたいんだ。。」
接見室で向かい合いながら、実際の年齢よりもだいぶうえに見える被告人の顔を見ながらこころのなかでつぶやいた。
男は空き巣5件で起訴されている。
先月、特殊な手口で空き巣をしてつかまった被告人は、過去3年間の事件を次々と自分の犯行だと認めていた。

検察は気づいていないようだが、実は、すべての犯行がこの男の犯行である、というのは無理がある。

面会を重ねていると、雑談も多くなる。
男は、東北から北海道を転々としながら暮らしていた話を、当地の名物や極限的な寒さなども交えながら面白おかしく話してくれた。大雪にあって、移動手段もなくなり、山小屋の中に閉じ込められて、食料が尽きる直前でようやく救助された、というのはこの男の得意話なのだろう。なかなかスリリングで、面白かった。
「でも、待てよ」3年前の年末年始、この男は冬山に閉じ込められていた、という。しかし、その年の大みそかにおきた福岡県のある町での住居侵入窃盗について、この男は自白しており、調書も作成されている。犯人しか知り得ないような具体的な事実も豊富に記載されていた。

最初、ぼくはこれは冤罪ではないか?とうたがった。
自分がやっていない事件をふつうは自白するはずがないではないか。
捜査官の強引な取り調べのすえに、やっていもいない事件をみとめさせられたのではないか。ぼくはいつも以上に念入りに被告人から話を聞いた。

「いえ、この住居侵入窃盗は、私がやったことで間違いありません。え、雪山に閉じこまれたのはいつかって。その1年前くらいでしたかね・・・」


急に話をはぐらかすような態度をする。

前に聞いた被告人は、確かにラジオで聞いた紅白歌合戦に関しても具体的で詳しい話を、面白おかしく通っていた。
年を間違えたということはありえない。
なぜ、この男はみずから有罪になろうとしているのだろうか。。。。

 結局、事の真相はわからないまま、判決は下され、被告人は、2年の実刑となって、刑務所に行ってしまった。あれはなんだったんだ、とモヤモヤした感情だけが残った。

 それからしばらくして、過去の新聞を調べる必要があり、新聞情報の検索サービスを利用する機会があった。過去の新聞をすべて調べられるなんて、便利な時代になったものだ。
 その時、ふと思った。あの被告人が語っていたくらいの大救出劇であったならば、もしかしたら新聞でも報道されているのではないか。3年前の年明け、山中から救出された人がいないか、東北の新聞を調べてみた。
 しかし、そのような該当記事はなかった。その代わりに見つけたのは、その年の1月に、山小屋のなかで撲殺された男性の遺体が見つかった、というニュースだった。男は、年末年始、他の人物と嵐を避けるため山小屋で過ごしていたようだが、なんらかのトラブルにあい、撲殺されたようで、殺人事件として捜査中、ということだった。その後の続報も調べたが、犯人が捕まった形跡はなかった。

 これはもしかして、あいつの仕業なのではないか。 しかし、あの被告人は福岡市内で空き巣をやっていたことを認め、それが判決で確定している。  仮に、山小屋での殺人の容疑がかかっても、完璧なアリバイがある、ということになるのだ。しかも、裁判所お墨付きの。

 ぼくがこの数か月、顔を合わせてきた  ぼくと談笑していたあの被告人は、思っていたよりも、ずっと恐ろしい人間だったのかもしれない。

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