『つながり』
母親が交通事故で亡くなってから8年がたった。当時、両親は、離婚調停中だった。父は、ある時期から母につらくあたるようになり、家族のなかから笑顔は失われた。そんな中での交通事故死。母は失意のなかで、死んでいったんだろうと思う。ぼくは、父親を憎んだ。できるだけ早く、この人の元から離れたい、と思い、猛勉強して、東京の大学へ進学した。
以後、ぼくは父親と疎遠となった。久しぶりに地元に帰ったのは、父が亡くなったとの知らせを妹から聞いたからだった。再会したとき、父親はもう遺骨となっていた。
妹は、言いにくそうに話を切り出してきた。父の遺品を整理していたときに出てきたものを見てほしいという。DNA鑑定書だった。離婚調停の時のものだ。
ぼくは、その中身をみて、驚いた。父親とぼくは、血がつながっていなかった。父と母は、母が僕を身ごもったことで結婚することになった。いわゆる、できちゃった婚だ。結婚から十年以上たって、事実を知った父はどういう気持ちだったのだろうと想像した。
父親はそんな話を一言も口に出さず、その後もぼくのことを育ててくれた。大学の学費をだしてくれた。顔すら見に行かない不義理な「息子」に愚痴ひとつこぼさなかった。
それまで、冷徹な男だと思っていた父親のイメージががらりとかわった。苦しかったろう、つらかったろう、と思う。
父親は、散骨を希望していたので、ぼくと妹は海岸へ行き、父の希望をかなえた。こうしてぼくと父親を唯一つなぐ遺骨も手元からなくなり、父は海と同化していった。
「お前にとってお父さんは、どういうひとだった?」と妹に尋ねると、「お兄ちゃんにとっては?」と質問返しをされた。
そうその問いに答えないといけないのは、ぼくのほうなのだ。