さユりの訃報に寄せて

■酸欠少女さユり

 昨日、シンガーソングライターのさユり氏が亡くなったという報道がありました。

 私はさユり氏の大ファンという程ではありません。そうであるかのように彼女について語るのは本当のファンの方、何より御本人に失礼だと思い予め断っておきます。
 有名な曲を幾つか知っているという程度ではありますが、それらの曲は強烈に心に残っています。今回は彼女の曲を思い出と共に振り返り、追悼したいと思います。

■ミカヅキ

 さユり氏の特徴を表す言葉があるとすれば、それはキャッチコピーでもある「酸欠少女」以外にあり得ないでしょう。ハイトーンな声質と振り絞るような歌い方、何より曲中で度々耳にする酸素を求めて喘ぐようなブレスは「少女」という言葉だけでは表現出来ないものがあります。これに瑞々しい感性の歌詞が合わさって、独特な世界観を築きました。

 最初に彼女を知ったのはミカヅキ。さユり氏のメジャーデビュー曲であり、アニメ「乱歩奇譚 Game of Laplace」のEDに起用されました。EDの映像美と非常にマッチしていて、初めて聞いたその時に名前を検索したのを覚えています。
 「それでも誰かに見つけて欲しくて夜空見上げて叫んでいる」というサビは一度聞いただけで耳に残る歌詞でした。誰しもが多かれ少なかれ持っている普遍的な孤独感をたったこれだけの言葉で表しているのは、根強いファンがいるのも納得の表現力です。
 そして当時の私には、歌詞に登場する「あなた」が私自身であるように感じました。傲慢な解釈ですが、この曲はさユり氏が私に見つけて欲しいと訴えているように思ったのです。今になって考えると、それがさユり氏の名前を検索するきっかけだったのかもしれません。

■平行線

 それから二年の時を経て、この曲を聞きました。アニメ「クズの本懐」のEDに採用された平行線は、アニメの内容とマッチした歌詞、それに反するような(反するべきというか)彼女の声質が相まって倒錯的な感情を刺激する曲になっています。酸欠「少女」がキャッチコピーのさユり氏ならではの引き出しだと思います。
 またこの曲から、さユり氏のタイアップ作品への深いリスペクトを感じました。自分の世界観を保ちながらもタイアップ先の雰囲気を綺麗に掬っている歌詞は、彼女の音楽に対する真摯な気持ちがあったように思います。

■花の塔

 さユり氏の最後の作品となってしまったのが花の塔。リコリス・リコイルのEDに採用されたこの曲は、非常に思い入れのある曲です。
 ミカヅキ、平行線と、どちらかといえばダークな雰囲気があったさユり氏の印象とは正反対ともいえる軽快な曲調は、当時「本当にさユりの曲なのか?」と疑いました。曲調もさることながらサビに入るまでの落ち着いた語り口も、何もかもがそれまでのさユり氏とは違っていたのですが、サビに入ると苦しそうなほど必死に歌う、私が知っている彼女の姿があったのです。
 それがリコリス・リコイルとマッチしており、大切と思える人に出会って初めて知った、会えない時間のもどかしさや孤独感を歌った歌詞が井ノ上たきなと綺麗にリンクしていました。このまま錦木千束といればいずれ掛け替えのないものになってしまい、失ってしまった時の事を考えるとそれが怖くなる、それでも踏み込みたいと心情が変化していく過程を描いた歌詞は、リコリス・リコイルという作品そのもののようです。
 以上がリコリス・リコイルのタイアップという視点。純粋に良いタイアップである、それで終わっていいぐらいの名曲だと思いますが、一方で初めて聞いたのがミカヅキだった私には、さユり氏が辿ってきた物語のひとつのゴールのようにも感じました。
 ミカヅキが「誰かに見つけて欲しい」という孤独を歌った曲だったのに対して、花の塔は大切な人に出会ったからこその孤独を歌った曲です。あの日私に見つけて欲しいと訴えていた少女が、時を経て一人じゃなくなったのだと、そう伝えに来てくれたのが花の塔だった。そんな気持ちです。更に時を重ねれば、素直に喜びを伝えてくれていたかもしれなかった彼女の話を、もっと歌って聞かせて欲しかった。その続きを聞けなくなってしまったことは、ただただ悲しいです。ご冥福をお祈りします。

■フウセンカズラを添えて

 つい一週間前の話です。結束バンドのRe:Re:をきっかけにアニメの「ぼくだけがいない街」を見ました。全12話と短く、毎回先が気になる引きだったので二日で見終わりました。このアニメのEDにさユり氏のそれは小さな光のようなが使われていたのです。「懐かしいな」と思って聞いていました。
 つい三日前の話です。これもまた結束バンドがきっかけで、アニソンコピーバンドの流田Projectについてnoteを書いてみようと思いました。流田Projectのカバー曲の中で特に気に入っている、君の知らない物語と花の塔を紹介する文章を書いていました。
 会社でアニメの話題になって、リコリス・リコイルの名前が出て、EDを歌っているさユり氏の名前を出した時、偶然同僚の一人がファンだと知って盛り上がったのは、昨日のことでした。
 花の塔がリリースされてから二年が経って、さユり氏の名前を思い出すことは殆どなかったというのに、ここ最近になって色んな場面で目にするようになったのだから不思議な気持ちでした。そこからの訃報は、まさに心にぽっかりと穴が空いたような気分です。
 noteではさユり氏の訃報に寄せた記事が沢山ありました。それらは宛ら、彼女への手向けの花のようでした。この記事もそのひとつです。幾つもの花で建てられた塔にひっそりと添えて、締めくくらせていただきます。改めて、ご冥福をお祈りします。

いいなと思ったら応援しよう!