泡に沈む
わたしの記憶の限りでは彼と初めて会話したのは
受取カウンターを挟んでドリンクの仕上げをする
彼にわたしが話しかけた一年ほど前のことだった
急に話しかけられても慌てる様子はないと
一瞬見た限りでは思ったけれどよく見ると
話しながらも饒舌になりどぎまぎしたのか
ミルクの泡に沈んでいくキャラメルソース
量が分からなくなったのか何周も回しかけ
隣で見守っていた別の店員さんとわたしは
顔を見合わせ思わず笑ってしまったくらい
どう見てもやんちゃ系の彼が
もしかすると女性慣れしては
いないのかもしれないなあと
キャラメルソースが溶け込む
甘めの珈琲を口にして思った
彼は話しかけやすいとは言えなかった
他の常連客に愛想よく振舞っていても
わたしと何度となく目が合っていても
親しげに話しかけてくることはなくて
ときどき殺気立った雰囲気を出す彼に
わたしから話しかけることもなかった
ようやく不器用なシャイさかもと思い始めて
抑え気味の声に優しさを感じるようになって
そこまできたときぱったりと会えなくなった
もしまた会えることがあったら
言いたいことが言えるだろうか
それともまたふりだしに戻って
話しかけにくくなるのだろうか
有り得るかどうかも分からないそのときを
ぼんやりと想像してみながらガラス窓から
道を行き交う人々と空の色とを眺めている
ミルクの泡に沈みたい もうすぐ冬が来る