涙が降り、名前を呼ぶ

水溜まりを跳ねてスニーカーが濡れ、Tシャツは湿って重みを纏う。切ったばかりの髪の毛は雨に打たれ、きっとすでにボサボサだろう。
風が吹いて、傘が煽りを受ける。急いで帰ろうと足を早めようとして、やめた。
急にどうでも良くなった。
傘を下ろす。傘どころか背に負う重たいリュックも、出来立ての髪型も、もういらないと思う。お気に入りのスニーカーも、川の底へ沈めばいい。嫌悪に満ち満ちて、どうにか衝動を抑えた瞬間、腕を切り付けられたような激しい感覚が走った。胃が締め付けられる。息を止めてしゃがみ込んだ。雨はしんしんと降り続いている。

あの時と同じ。身体の底から湧き上がる興奮と痛み。身体へのダメージが精神の修復へと変わる瞬間。身体は覚えていた。思い出していた。
長く息を吐いて、吸って、吐いた。ダムが決壊したように、涙が溢れた。身体が熱っている。このまま私はおかしいままかもしれない。

「  。」名前をよぶ。喉仏は震えていない。声に出せなくても、何度も何度も貴女の名前を私は呼ぶ。貴女が私を救ったから。私は今でも救われるために貴女の名前を唱える。魔法の言葉。私の御守り。激しく揺れる肩が落ち着いていく。ぼやけた視界が正常を取り戻していく。

雨が止んだ。通りがかった帽子を被った人がこちらを見ている。傘を閉じようとしていた。不安げな目はこちらを向いている。どうして今、このタイミングで。
反射的に私は逆さまになった傘を手に取り走った。

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