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男のひとが苦手だった。
大きい図体、威圧するような低い声、低俗な思考。

女のひとが苦手だった。
底無しの美的意識、ゼロ距離で触れられる感覚、胸元開いたワンピース、吐きたくなるような香水の匂い。

子どもが苦手だった。
予測できない行動、泣き喚き、汚れを知らない瞳。

そして、人の優しさが苦手だった。

「レズって噂聞いたんだけど…」
「本が好きだなんて真面目だね。私とは大違い」
「ストックホルム症候群的なやつ？大丈夫？」
「え〜、それってただの都合よくなってるだけじゃん、本当に大丈夫？」
「君が君を傷つけても私は君を大事にするよ。」
「整形するの？今も十分可愛いんだからやめなよ」

「その腕、どうしたの？」

あらゆる方向からの優しさで発された言葉は鋭利な刃物になって私に突き刺さる。

私について誰も語らないでほしかった。
消毒でバイ菌を殺して、「キレイ」をつくる言葉たちだから。
そこに共存はなく、「疑わしきものは罰せよ」の殺戮的な価値観だったから。

諦めや挫折ならまだしも、人から受ける言葉の散弾銃のような心に穴が空いてしまうことはもう経験したくなかった。

世の中、人それぞれイカれてしまっているんだなと思う。正しいのは僕だけだ、なんて。


胸元が大きく開いた服を着た女の人が道を歩いている。
通りすがりの人が好奇の目で見ている。
この人たちはどんな気持ちで人の胸元を見たのだろうか。
少なくとも私にとって人の胸なぞ見たくもなかった。
胸元を開いている姿はほとんど暴力で、性加害だった。

傷ついた。でもそれは、私が私を刺していただけだった。

まだ3歳ほどの子どもがこちらへとぶつかってくる。
背筋が凍り吐きそうになる。
自分のような人間が、この小さな生き物に触れたくなかった。ただただ関わりたくなかった。

母親らしき人が頭を下げてきた。
「私が頭を下げなければいけないのに。」と思った。

毎晩ぬいぐるみを抱きしめて眠った。
テディベアのピンクは私に潰されながら、どこへも行かなかった。

満員電車に押しつぶされたときの胃のむかつき。知らない中年男性の加齢臭。それと混ざる香水。混み具合にびっくりしている外国人。目の光が消えた会社員。ゼロ距離で人がくっつきあい、彼らはスマホから目を離さない。もしくは立ったまま寝る。全てが苦手で、そんな異常が日常。

だからきっと、自分が自分を異常だと思うことさえも日常的で一般的なことなのだ。

意識や思考は誰にも止められないし、法律さえも介入できない。
でも、異常は正常と対極ではなく隣り合わせにいるのだと思う。

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追記2024/07/12

これを書いた当時、相当参っていたのだと思う。
それに比べて今は、大人になる事は諦めることだって学んだから、苦手なものすら諦めた。
諦めたというか、意識しなくなった。
心を薄くした。できるだけ、できるだけ、平べったく。
苦手という意識を剥離させた。目に映る全てはただの物体で、それ以上を考えるのをやめた。

強くなりたかった。

言葉の刃を向けて話してくる人には、刃を突き返した。私はあんたより強いということを示したくて、決して屈せず、冷静に戦った。目の前の人に嫌われていいという覚悟をもった。

もう、誰も私のことを語らないでなんて思わない。
やっと、不当をおかしいと言えるようになったから。
許さないといけないことなんて一つもないと知ったから。
みんなが、私の背中を押してくれるから。
もう、元には戻りたくないと思った。