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芸術祭で秋川流域を「たのしみ」「ひらく」【檜原村こよみだより 12月】

最低気温が5℃未満になるのが当たり前となり、毎晩布団に湯たんぽを入れてから眠りについています。8月に移住してきた頃から「檜原村の冬は長くて厳しいよ」と、近所の方に聞いていたのですが、こんなに早い時期からこれほど寒くなるとは想定していませんでした…。

そんな季節の深まりを感じながら、約1ヶ月に渡って開催された「あきがわアートストリーム2024」というイベントの取材をしてきました。


あきがわアートストリーム2024 とは

2021年から毎年開催され、今年で4回目を迎える、秋川流域をイベント会場とする地域芸術祭。
11月1日(金)から12月1日(日)の期間中に、檜原村5会場、あきる野市3会場で現代アートの作品が展示されたほか、クラフトマーケットやワークショップ、ミュージックイベント、トークイベントなども開催されました。
主催は一般社団法人クリエイティブクラスター。その代表理事で、東京藝術大学教養教育センターコーディネーターでもある岡田智博さんが、イベントのディレクターを務めています。

成長中の芸術家がのびのびと活躍できるフィールドがない東京の都市部に対して、その魅力を発露できる場を、東京の西部に位置する秋川流域に作り出そうとしたことが、芸術祭を始めるきっかけだったそうです。
各会場を周遊し、紅葉の時期の山の景観や、郷(さと)の面影を惹きたてる現代アート体験を通じ、山をまるごと「たのしむ」ことが、この芸術祭のコンセプトとなっています。

「たのしみ」で場所を「ひらく」

このイベントの興味深いところは、毎回いくつかの会場に、空き家になっていた古民家や、長年放置されていた蔵などが使われている、というところです。そして、その動きは回を重ねるごとに広がりをみせています。
これは、芸術祭が徐々に住民に認知され「自分の持っている物件を使ってもらいたい」と言ってくれる人が増えてきているためです。
イベント会場になることで、物件の中に置かれていた家財道具などの整理がされたり、芸術祭が終わった後の活用方法について話し合われたりするきっかけとなることもあるそうです。

取材を進める中で、イベントディレクターの岡田さんにお会いし、お話を伺いました。

地域にアートが入り、みえたり感じたりできた、新しい景色の「たのしみ」を住民の方が期待してくれるようになった。その「たのしみ」が場所を「ひらく」ことにつながっている。場所をひらいたり、企画に参加することで、地域の「よさ」を実感してもらいたい。今後もこういったことを積み重ねることで、人と人のつながりが生まれたり、「新しいことを始めたい」という人が地域に入ってきたりするような流れをつくっていきたい。

と芸術祭のねらいを語っていただきました。

いくつかのイベント会場を巡る中で、芸術祭が空き家問題解決のひとつのきっかけになるばかりでなく、過疎化の対策にもなり得るのでは?と、地域おこし協力隊である私の仕事のヒントをもらえました。そこに高揚感の高まりと「たのしみ」を感じました。

今年 はじめて展示会場として「ひらいた」 あきる野市 五日市の「大きな蔵」
「大きな蔵」の展示 「嗅覚のための迷路」
檜原村の「カフェやまびこ 」の2階 イベントスペース。
長く使われていなかったが、今回、村内在住の島﨑良平さんの作品を展示。
今後もギャラリースペースとして「ひらかれる」ことが検討されている。
主催のクリエイティブクラスター本社のある「アーツキャンプひのはら」の展示。
もともとは檜原村の古民家だった。1回目からイベント会場として「ひらいて」いる。
檜原村の北部に位置する、重要文化財「小林家住宅」は、住民の間でイベントが認知されてきた
結果、屋外ミュージックイベント「あきがわライブストリーム」の会場として「ひらかれた」

秋川流域はアート素材の宝庫

イベントの期間中に開催されたトークイベント「あきがわナレッジストリーム」でも、興味深い話を聞くことができました。
今回のテーマはふたつあり、そのひとつが、かつて檜原村で行われていた「うるし」の復興です。檜原村には、うるしの木が点在しており、リサーチの結果、うるしの採取が行われていたこともわかってきたそうです。紅茶やこんにゃく芋が生育できる環境は、うるしの木にも適しており、檜原村には、うるしの産地になれる可能性が秘められているとのことでした。
もうひとつのテーマが、現在もあきる野市で行われている和紙作りです。東京唯一の和紙として、東京都の無形文化財に指定されているこの地域の和紙は「軍道紙(ぐんどうがみ)」と呼ばれています。その和紙を使用し、作品作りをしている東京藝術大学の金子萌さんのお話では「和紙だけでなく、秋川流域に生息している鹿やイノシシなどの毛皮や骨も、アートの素材として学生の間で注目されている。狩猟免許を取りたいと思っている学生が何人もいる」とのことでした。
他にも、檜原村に移り住み、自身でも養蚕を行い、繭糸を使って作品を制作している菅谷杏樹さんともお話ができ、この地域には作家が魅力を感じるものがたくさんあることがわかりました。

「アーツキャンプひのはら」2階、養蚕を営んでいたスペースで展示された、
檜原村在住の菅谷杏樹さんの作品。素材に繭糸が使用されている。 
松山龍太さんの檜原村の野生動物の標本アーカイブ。
「ヴィレッヂひのはら」に展示された。
上記の骨格標本から型を取り、イベント期間中に公開制作された、金子萌さんの作品。
素材はあきる野市の和紙「軍道紙」

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今回の取材で、「あきがわアートストリーム」が地域に刺激を与え、地域の持つ潜在的な魅力の発見にも良い方向で作用していることがわかりました。芸術祭に参加して、檜原村や秋川流域の歴史文化の理解が深まったように思います。
また、作家やスタッフの方との距離が近く、直接お話が聞ける機会が多かったのも、この芸術祭の面白いところだと感じました。

協力隊として活動していると、「空き家や蔵を活用したい、活用してほしい。何か良いアイデアはないか」といった住民の方の声を聞くことがあります。
自身の業務である情報発信を通じて、地域の使われていない物件と芸術祭、人と人とを良い形でつなぎ、秋川流域を「ひらく」きっかけをつくり出すことで、「たのしみ」を実感したい、と思いました。


【ライタープロフィール】
松本 圭史
群馬県前橋市出身。前職は在宅の介護支援専門員。2024年8月より東京都檜原村地域おこし協力隊に着任。情報発信業務を担当している。ゆず、ルバーブなどの村の特産品を使用した商品開発や、白炭を使ったコーヒー豆の焙煎をしてみたい、と構想中。