東京都檜原村の協力隊ってどんな人?現役隊員インタビュー
檜原村では、これまでに累計14人の地域おこし協力隊が着任しており、卒業後の定住率も8割以上と、全国の協力隊の卒業後定住率(約6割)を大きく上回っています。
地方に移住したいと思っても、縁もゆかりもないなかで家や仕事を見つけるのは、繋がりを重んじる地方では至難の業です。一方で協力隊制度は、3年間の勤務期間で地域に馴染んだうえで家や仕事を探すことができるため、若手の移住希望者にとって魅力的な選択肢の一つとなっています。檜原村でも、3年間で培った縁を活かし、村内で起業したり、継業したり、中古で家を購入したり、さらには地元の人と結婚したりしながら、檜原村に定住している卒業生がたくさんいます。
今回は、檜原村で活動する現役協力隊4人に、檜原村に来た理由や、現在の活動内容などを聞いてみました。都市部から檜原村に移住した20~30代のリアルな声として、檜原村への移住を検討する方の参考になれば幸いです。
現役隊員の役割は「空き家・移住定住担当」と「フリーミッション」
──まず初めに、皆さんそれぞれ自己紹介をお願いします。
髙橋:私は協力隊のなかでは空き家・移住定住担当として、空き家の現地調査や空き家所有者の方へのアンケート調査など、空き家の活用推進につながる活動や、移住相談への対応を行っています。その他の時間は、卒業後に立ち上げ予定のシェアハウス事業の準備をしていますね。
プライベートでは1児の母として、檜原村での子育てを満喫中です!子供は現在1歳で、村内の保育園に通っています。
齊藤:私も髙橋さんと同じく空き家・移住定住担当として業務にあたっています。趣味はハイキングで、休日には村内の山や滝を巡ることも多いですね。将来的にはインタープリター(*)になりたいと考えており、副業で村内の自然体験イベントのアシスタントガイドをしながら、経験を積ませていただいています。
*インタープリター…自然と人との仲介となって自然解説を行う人のこと
──お二人が業務として行っている空き家の活用推進活動について、もう少し詳しく教えてください。
齊藤:空き家の現地調査では、村内全域を車と徒歩で回り、外側から空き家の状態を確認し、写真撮影や、活用可能かどうかの現状把握をしています。檜原村は山間地域なので、空き家を確認しにいく道のりがハイキングになることもしばしば。道なき道を行くことも多々あります(笑)。
髙橋:所有者の方へのアンケート調査では、現地調査で状態がいいと判断された物件について、所有者の方に電話やお便りで、空き家の使用状況や、今後の活用意向をヒアリングしています。そのなかで「売りたい」「貸したい」という意向があれば、村の助成金の案内をするなど、活用に向けたサポートも行っています。
──齊藤さんはハイキングがお好きだからか、楽しそうですね(笑)。業務のやりがいや魅力は、どんなところにありますか?
髙橋:空き家調査を経て売りや貸しに出た物件に移住者の方が入ると、村のためになっている実感が持てて、大きなやりがいがあります。
また、調査のために村内全域を回ることで、いろいろな情報が入ってくるようになりますし、村の地理にも詳しくなります!「ここは車通りが多い」「このエリアは日当たりが良い」といった土地勘が得られ、自分が任期後に住む場所や、事業を行う場所を検討する際の役に立っていますね。
齊藤:いろいろな物件の情報を知ることができるので、自分の今後の住まい探しにも役立つ業務だと思います。
──確かに、村の地理や物件情報にすごく詳しくなりそうですよね…!
髙橋:とはいえ、空き家や移住定住にまつわる仕事のみをしているわけではなく、村内全域で地域活動のお手伝いに伺ったり、自分たちでイベントを開催したりなど、その他の活動も行っています。空き家関係の仕事が最も忙しいときでも、割合としては、空き家関係業務とその他の活動で半々ぐらいでしょうか。村でイベントが多く行われる時期など、その他の活動に重きをおいて活動する時期もあります。
──髙橋さん、齊藤さん以外のお二人は、隊員自身が地域で活動する中で課題を見つけてミッションを決める「フリーミッション」のポジションで着任されたんですよね。
友澤:そうですね。僕はまだ着任して半年未満なので、とにかく村を知ること、村での生活を楽しむことに重きを置き、できる限り村の人と時間を過ごすようにしています。もともと植木屋をしていたため、力仕事や山仕事が好きで得意なので、現在はそうした仕事を中心に、村内全域で地域活動や村の人のお手伝いをしていますね。
高野:私はもともとライターをしていた経験を活かし、現在はこのnoteの更新をはじめ、村の情報発信を担当しているほか、今後は映画の上映会やマルシェの開催など、村で新たなイベントを開催していきたいと思い、準備を進めています。
檜原村の協力隊は、週4日勤務で副業もOKなので、個人事業主として引き続きライター業も続けていますね。村に来てからは縁あって檜原村を含む西多摩エリアの地域新聞の記者もやらせてもらっていて、協力隊としても記者としても、村の方々からいろんなお話を聞かせていただき、とても楽しく過ごしています。
保育士、教員、植木屋、ライター。四者四様のバックグラウンド
──皆さんはそれぞれ、檜原村に来る以前はどんなお仕事をされていたんですか。
髙橋:都心のIT系の企業で事務職をしていました。その前は保育園に勤めていたのですが、保育業界以外の一般的な会社のことも知りたいと思い、IT企業に転職したんです。そのまま3年ほど働き、キャリアアップを目指すかどうか悩んでいた時に、友人に誘われて檜原村を訪れ、移住を考えるようになりました。
齊藤:私は7年間、教員として特別支援学校に勤めていました。特別支援学校で働こうと思ったのは、通常学級で30~40人の生徒を同時に相手にするよりも、特別支援学級で少ない人数にじっくり向き合う方が、自分には向いていると思ったからです。
もともと野外活動や環境教育に興味があったので、授業の内容に身近な自然を取り入れたりなど、自分なりの工夫をしていたのですが、コロナで学校が休校になり、その後はしばらく授業がオンライン化されてしまって。自分の思うような活動ができないなかで、自分の将来や本当にやりたいことを改めて考えました。そうして、新たなチャレンジをするなら今しかないと思い、退職を決意したんです。
友澤:もともとは植木屋として、主に東京都世田谷区で公園や緑道の樹木剪定、刈込み、伐採などの仕事をしていました。植木屋になったのは、高校の勉強で造園に触れたのがきっかけです。幼少期から植物とものづくりが好きだったので、高校は園芸高校に進み、ガーデニングデザインを専攻していたんです。
ただ、そうして都心で仕事をしながらも、ずっと都会で育ったからこそ田舎への憧れがあり、いつかは田舎に移住したいと考えていました。そして退職後に、偶然知人から檜原村のことを教えてもらって。タイミングよく地域おこし協力隊の募集もあったので、ここだ!と思って移住に至りましたね。
──皆さん都心で働かれていたんですね。
高野:私は特殊ケースで(笑)、栃木県那須郡の非電化工房という場所で、農業や大工仕事を住み込みで勉強していました。もともとは都心のベンチャー企業に勤めていたのですが、資本主義経済のど真ん中で働くなかで、「経済が大きな力を持ちすぎた世界で、経済的価値には直接結びつかない個性や物事がちゃんと大切にされるには、どうすればいいのか?」という疑問を持つようになったんです。
その問いに対して私が立てた仮説が、「一人ひとりが大きな経済システム(お金)への依存度をもっと下げて暮らせるようになればいいのでは──つまり、自給自足ができるようになればいいのでは」というものでした。そこで自給自足の技術を学ぶために会社を辞めて非電化工房に入り、1年間のカリキュラムが終了した段階で、学びを実践するための移住先を探し始めました。その時に偶然見つけたのが、檜原村だったんです。
檜原村移住の決め手は、人の温かさと立地のよさ
──地方は他にもたくさんあるなかで、皆さんが移住先として檜原村を選んだ決め手を教えてください。
髙橋:決め手は、何といっても村の人たちの人柄です。都心のような、一歩壁があるような関係性ではなく、初めて会った人でも親戚のおじちゃんおばちゃんのような距離感で接してくれるのが、すごくいいなと思いました。純粋に、この人たちと一緒に暮らし、働けたら楽しそうだなと思ったんです。
そうした距離感の近さは、子育てのしやすさにも繋がっています。周りの人がいつも子供の成長を気にかけてくれ、力を貸してくれるし、どこにいっても可愛がってくれるので、一人で子育てしている感じがしなくて、とても心強いですね。
齊藤:私は協力隊に着任する前から、サイクリングや川下りのイベントの参加者として何度か檜原村を訪れていて、自然の豊かさや人の温かさに強い魅力を感じていました。その中で村内の移住者の方にお会いする機会も多かったのですが、その人たちがすごく楽しそうで、キラキラ輝いていたんです。自分もこういう風に、自分自身も暮らしを楽しみながら、その楽しさを周りの人にも伝えられるような人になりたい!と思ったのが、移住の決め手かもしれません。
また、私は「自然と人とをつなぐような仕事がしたい」と考えていたので、村内で実際にエコツアーやアウトドアイベントを事業化して生計を立てている方と出会えたことも、後押しになりました。
友澤:ひと言で言えば直感です。檜原村の自然環境や人に触れたとき、今まで自分が漠然と考えていた「理想の田舎」にぴったりと当てはまる場所なのでは、と感じたんです。なかでも水の綺麗さと山の深さには強く惹かれましたね。僕はあんまり深く考えず、直感を大切にするタイプなんです(笑)。
高野:自然豊かな場所でありながら、実家である川崎市や、多くの友人が暮らす都心との距離が近かったからです。実家や都心へ気軽に帰れない栃木県の山奥で1年間暮らすなかで、自分にとって家族と友人がいかに大切か、逆説的に気がついて。もっと気軽に家族や友人と会える場所に住みたいと思ったんです。実際、檜原村には友人も家族も「意外と近いね!」と喜んで遊びに来てくれますし、私も定期的に友人や家族の元に帰っています。
卒業の日が近づく、先輩隊員の今後の展望
──髙橋さんは今年の3月、齊藤さんは来年の3月に協力隊を卒業予定ですよね。卒業後の展望などもすでにあるんでしょうか。
髙橋:村内に、女性向けのシェアハウスをオープンしたいと思ってます。檜原村は、空き家自体は多いものの賃貸に出る物件数が少なく、若い人が引っ越してくる家が少ないのが大きな課題なんです。一方で、村では高齢化が進んでおり、村内の事業所や地域活動の多くが後継者不足に悩まされています。そのため、シェアハウスを作ることで村内に若者を増やし、村を活気づけたいと考えています!現在は、シェアハウスの候補物件で家主さんとの調整を進めている段階です。
ただ、シェアハウスの収益化には時間がかかるので、シェアハウスの運営と並行して、村内の事業所で週3~4日働きながら、子育てと仕事を両立させていきたいと考えています。
齊藤:冒頭でもお伝えしたように、私は将来的に、自然と人をつなぐ存在であるインタープリターになりたいと考えています。とはいえ、協力隊卒業後すぐに単独で事業を起こすというよりは、村内で培った様々なつながりを生かして、経験を積み、技術や知識を深めたうえで、独立したいと考えています。すでに村内で事業を展開している方々とコラボレーションしつつ、最終的には自分で事業を立ち上げ、村内外を巻き込んでいける存在になれるよう、頑張ります!
檜原村では、協力隊を募集しています
檜原村では、2023年4月から着任する地域おこし協力隊を募集しています。3月に卒業する髙橋さんの後任となる、空き家・移住定住担当の募集です。詳細は以下のURLからご確認ください!