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火乃絵のロクジュウゴ航海日誌〈scrap log〉 第二百廿一日 8/7

水無月さいごの日。きのうの明け方に東の空に目をつむろうとする月をみた、カメラを向けると猫のように雲のうしろにかくれてしまった、まだ火乃絵のほうで写真を撮ることのうしろめたさのようなものがあるのか、あるいはゴーマンさみたいなものが…

水無月は八月とおなじく火乃絵の誕生月だ、月といえば秋がゆうめいだけれども、やっぱりひのえはこの月がすきだ。天気もあって今月はほんとにたくさんの月を見た、いちにちいちにちまるでひょうじょうがちがう、なぜか2021年の水無月はしょうがい忘れないとおもう、——

ロクジュウゴとしてはいろいろと上手く行っていないじきなんだとおもう、夏なのに楽しいことのひとつもしていない、もちろん火乃絵はひのえで毎日愉しく生きてる、ひとりでもブンジツだ、そういいながら一ヶ月やってきたけれど、〝夏なのに…〟という感情はどうにも拭い去れない、火乃絵のはそんなことを書かずにおけない愚直な手を叱りたい、

だからなのか火乃絵がこの一ヶ月、つきばかりを見て暮らしていたのは。あすこには思い出ではなしに、いまでもアメジストがあるとおもう、失くさないために十六歳の火乃絵がとぢこめた雨が。——

委員長代理を名乗っているが火乃絵はじぶんがそういう存在からいちばんとおいことをよく知っている、現状そうするしかないからやっている、「あいつのためなら動いてもいい」——ひのえはひとにそう思わせるだけの何かを持っていない、むしろたれも動きたくなるようは物言いばかりある、というより、たんじゅんにいまのフナキといても楽しくないのだろう、だから人も来ない、(そもそも火乃絵って誰だ? そんなやつ友達にいねーぞって感じだとおもう、)

それでも火乃絵に夢がある、というか夢をみるしか能がない、ゆめは人を酔わせる、ロクジュウゴといういめに酔っているのはいまや火乃絵だけなのかもしない、シラフの男たちよ……季節はづれの文化祭は安酒か? おお、月の涙を流した青春よ、——

ひのえはいつも醒めるのが遅かった、カード、ゲーム、ダンガン、ナントカごっこ、秘密基地、みんなが飽きてつぎの遊びをはじめても、ひのえはそのときの遊びが好きでやめれなかった。何をするかよりも誰とするかだ、そういう真実を口にされてもひのえの足は模型屋さんや人のいない秘密基地や、駄菓子屋、公園、たれもやらないゲームの集会所へ向かった。ひとりぼっち——たぶん火乃絵は何よりそのジカンが好きだったのだ、

五時のチャイムが鳴る、みんなはとつぜん夢から醒めたかのように遊びが終わり、それぞれのうちへかえってゆく、ひのえはなるたけ家に帰りたくなかった、いつまでも遊んでいたかった、たぶんみんなの中にあって雲のように感じられていたあの〝家へ帰りたさ〟が火乃絵には分からずじまいでここまで来た。家に居てもなんで自分がここにいて食べて寝て暮らしているのか不思議におもっていた、友達ン家でお泊まりしているときの方がどこか〝うち〟という感じがした、

ひのえはいつも仕方ナシに家と呼ばれる場処へ帰り、小学校へあがり、中学校に進学した、ゆく先々で楽しいこともあった、けれどそれは高2の文化祭までだった、それも文実があったからでほんとうは中学2年ですべてがおしまいになっていた。——

なのに局面局面で母親に敗けた、大学進学は固辞したがそのかわりアルバイトを2年した、Tohjiに説得されたのもあって日芸に通った、新たな家庭と自立の夢を見さえした、——そうなったらもう火乃絵のカラダは壊れるところまでこわれていくしかない、

じぶんを蝕むりんりなどあるものか、友よ、師よ、恋人よ、両親よ、すまないが火乃絵はいままでいちどたりともひのえのためによくなる助言をひとからうけたことがない、すべては破滅への導きにしかならなかった、あなたたちの説くシアワセはけっして火乃絵にとっての幸福とはならなかった、——

火乃絵はこの手に責任をもつ、書かずにしまわなかったことしか書かないこのぐちょくな手の、火乃絵はこの手のさいしょの理解者にならなくてはならない、恩知らずといわれたところでしったことか、

耳を貸すことなどできるのか、胸に響いてくる音いがいのものに。火乃絵の心は石じゃない。

身近なひとのいうことをきかないと破滅するぞ、たれもおまえのことばにも耳を貸さなくなる、助言するものさえいない孤立のうちでおまえになにができる? ——けれどそうして身近な人のいうことに従ってみて火乃絵はよくいったためしがない、と、そう書かずにいられないこの手はどうなる?

火乃絵の幸福は文化祭だった、ロクジュウゴだった、この手いがいにたれがその幸福に向かって火乃絵を導こうとしてくれたか、ほんとうに夢を見ている人の声しかもう火乃絵の悪い耳にはきき取れない! それを聞いたとき、ドキドキしないものはみんな噓なんだ、

〝みんなオレに大丈夫か、ってきくが、みんなは逆に大丈夫か?〟(「I’m Back」D.O)

水無月廿九日

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