あつ森にみるデジタルツインの未来(考察)
あつまれ どうぶつの森(あつ森)。Nintendo Switch専用ソフトで、どうぶつたちを自分の島に招き、島クリエイトによって、自分の理想の町をつくる箱庭ゲーム。オンラインで友達の島に遊びに行くこともできる。
どうぶつの森と「弱い建築」
YouTubeにも島クリエイトの経過や、完成した島の様子が次々に投稿されているが、建築家の筆者から見ても、クオリティが高く、気持ちよさそうな島が多い。筆者の友人の、島クリエイトの一部が下図である。友人(24)は建築やデザインの仕事もしていなければ、それらの教育を受けたわけでもない。しかし、その島クリエイトは魅力的である。子どもの頃からどうぶつの森をプレイしていたこともあり、ゲーム自体が、友人にとってのSTEAM教育(EngineeringやArtの領域)を担ってきたのかもしれない。
島クリエイトでは、地形/植栽/外構/インテリアをデザインできる。建物と建物の「間」に、データ上で用意された緑や家具を巧みに配置していくことが、デザインの大きな鍵となる。
建物と建物の「間」にある緑/家具/手すり/舗装/看板などの「弱い建築」は昨今建築界で大きな注目を集めている。上記を用いた建築設計の良例が下北沢ボーナストラック(ツバメアーキテクツ設計)だ。商業施設の集合体であり、SOHOとして、ここで暮らしながら働いている人もいるそうだ。何枚かの写真に注目して、説明したい。
幅の広い手すりが道端に配置されることで、手すりの上には飲食物が置かれ、人の居場所が形成されている。
舗装の切り替わりや提灯、植栽、家具の配置によって、演出された賑わい。あつ森の世界のような印象を受ける人も多いだろう。空間における絶妙な疎密の操作が、モノの溢れ具合をコントロールしている。
映画のワンシーンのような一コマ。ゆるく楽しげな空気感がボーナストラック全体に漂っている。これから日本の建築界を背負って立つ建築家の設計なので、友人に対しても、建築家に対しても、比べるのは心苦しいが、先程提示したあつ森の島クリエイトの一部と、どことなく雰囲気が似ていないだろうか。
なぜ雰囲気が似ているのか。昨今の建築空間における「間」の使い方と、あつ森の島クリエイトにおける「間」は、どちらも「弱い建築(植栽/家具/舗装etc)」と隣棟間隔によって、疎密をコントロールし、人の居場所の形成を行なっているからだと考える。
薄れゆくプロとアマの境界
私がここで言及したいのは、学問や仕事を通してスキルを修めたデザイナーと、そうでない者(趣味・娯楽)の壁が徐々に崩れてきている点だ。
わかりやすい例でいえば、イラストレーターという肩書き。昔と比べて名乗りやすくなったのではないだろうか。それはオンラインの普及で大量供給可能になったイラストと、顕在化した需要のマッチングがもたらした結果だと考える。有り体に言えば、多種多様なテイストのイラストがつくられ、また、要求される時代になったのだ。
上記はオンラインの普及が前提だが、イラスト作成ツールが進化したことも当然寄与している。いまではiPadとApple Pencilだけで、油彩も水彩もロゴデザインだって、いつでもどこでもできてしまう。
今後、オンラインの介在と、ツールの進化によって、プロとアマの差は限りなく近づいていくに違いない。あつ森のようなツール(ゲーム)が進化すれば、建築士の資格を持っていなくても、インテリアデザイナー、建築デザイナー、都市デザイナーを名乗る世界になるかもしれない。
現実空間と仮想空間の円環/循環
デジタルツインとは、IoT(モノをインターネットでつなぐこと)によって、現実世界のデータをリアルタイムに取得し、仮想(サイバー)空間で現実空間を再現する技術のことである。その結果、現実空間のモノを移動・変化させずとも、未来をシミュレートすることが可能になる。以下のサイトがわかりやすい。
建築界隈では、東京都デジタルツイン実現プロジェクトが行政によって主導されており、それを用いた精緻なシミュレートによる都市開発が期待される。
(画像は筆者の手作り。時間かかりました、、、笑)
しかし、実際の現場では、デジタルツインとはいかないまでも、既に簡易な3Dモデリングを用いて、光・風・温熱環境・音・人の動き・災害を(大づかみではあるが)予測して建物形状に設計変更を加えることは当たり前となっている【=コンピューテーショナルデザイン】。つまり、デジタルツインが完成したところで、上記のシミュレーションに与えるインパクト(コスト・品質・リスク低減効果)はさほど大きくないように思える。では、建築設計において、なにが大きく変わってくるのか。
山梨知彦著「切るか、つなぐか」のなかで、
とある。要約すると、
01.仮想(サイバー)空間の中でシミュレートを重ねて最適化した、小さなor簡単なorフレキシブル(可変)な建築=軽微な建築を現実空間に建設する
02.現実空間の軽微な建築が、実際にどう使われるかのフィードバックを仮想空間にリアルタイムで反映する
03.フィードバックの結果から、仮想空間で軽微な建築に必要な要素(増築、改築、減築)をシミュレートする
04.現実空間の軽微な建築を増築or改築or減築する
以下、02〜04の繰り返し
重要なのは、現実空間と仮想空間が円環/循環していくということだ。最初に壮大なゴールをつくるのではなく、シミュレーションとフィードバックを重ねることで、現実空間のモノを常に最適化/バージョンアップすることができる。
先程紹介した、下北沢にあるボーナストラックを例にとれば、現実空間において、実際に設置された手すりの使われ方を仮想空間にフィードバックして、シミュレーションの結果を現実空間に反映。手すりの形状や高さが少し変化したり、もしくは撤去され別のモノ(ベンチなど)が設置されることも考えられるだろう。
この現象が都市の至る所で現れてくるかもしれない。しかし、設計者の人手不足により、AIの台頭、または大量の設計者の誕生なしには都市単位で暮らしのデザインを最適化していくのは難しい。では、AIが発達して都市デザインを支配することが、街づくりにとって良策かといえば、意見が分かれるところではないだろうか。
ここで街づくりに関して、もうひとつの可能性を提示したい。大量の設計者の誕生、つまり、市井の人々の参加である。上述したように、あつ森やその他箱庭系ゲームによる無意識下のSTEAM教育によって、プロとアマの差は縮まり、境界が薄れてきているように思う。デジタルツインと連動する「あつ森的都市開発ツール」が開発されれば、多くの人がゲーミフィケーションによる街づくりに関心を寄せるだろう。
また、デジタルツインの実現に向け、仮想空間が整備されていく中で、ゆくゆくは仮想空間がオープンソース化し、様々な人が、都市に対して思い思いの変更を加えていける日も近いと考える。その場合、本当の意味で、自分の暮らす場所や地域の改善方法に気付けるのは、そこに住む当事者に他ならない。市井の人々が「あつ森的都市開発ツール」を用いて仮想空間に変更をかけ、シミュレート。それが良好な都市環境の形成に寄与する結果となれば、民間、または行政が現実空間に反映し、仮想空間にフィードバック。その繰り返しが、住み良い街を形成し、街が最適化していくのだ。
ゲーミフィケーションによるデジタルツインを活用した街づくり
これは夢想ではない。ゲーミフィケーションによる街づくりは既に行われている。愛知県南知多町では、行政がインドネシアのスタートアップqlueと協業し、「市井の人々が街の不具合を写真で投稿するアプリ」を開発。投稿によって発見された情報(街の不具合)を元に行政が対応し改善するスキームが生まれつつある。報酬はゲーム内通過で支払われ、ゲーム内のアバターの服を着せ替えできる(大人気ゲームPUBGと同じユーザー心理)。
また、建築家の磯崎新が2011/3/25に発表した「建築=都市=国家・合体装置」というエッセイにおいて、大都市の次に現れる都市像を「超都市 Hyper Village」と定義したが、その思想とゲーミフィケーションによる街づくりは親和性があるように思う。
01.都市 : パリのような行政主導でつくられた街
02.大都市 : NYのような自由経済の名の下、民間主導ででつくられた街
03.超都市 : 電脳ネットワークが広がり、小さな経済圏のなかの集合知により、官民連携してつくられる街
※パリを空中からみたとき、道が放射状に広がっている理由は、パノプティコンとよばれる刑務所で使われる構造の引用から。一点(中心)から囚人を監視しやすい特性があり、パリの街から"不要なモノ/裏(反乱)"を排するために、行政が導入した都市システム
※01〜03は25年周期で2020年以降が超都市となる
※03の説明は藤村龍至氏の解説を簡略/意訳化した筆者の解釈
超都市は、市井の人々が小さな経済圏を形づくり、電脳ネットワークを介して得られる集合知がオープンソース化され、官民が連携する(または入り混じる)ことで、多様で多中心な都市構造が生まれることを予言している。
電脳ネットワークとは即ちデジタルツインであり、集合知やオープンソースによる街づくりはゲーミフィケーション(あつ森的都市開発ツール)と相性がいい。
「あつ森にみるデジタルツインの未来」とは、市井の人々が参加するゲーミフィケーションが集合知を顕在化させ、デジタルツインの活用によるシミュレーションとフィードバックの円環から、リアルタイムの都市変革・最適化が起こり続ける未来を予期した表題である。
最後になりますが、面白そうなタイトルを思いつき、書き進めた結果、タイトル詐欺になっていないか心配です。読んで頂きありがとうございました。
引用図書