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コーヒーレディの砂川さんと、ギャル先輩の飯田さん

昔、数ヶ月ほどパチンコ店で働いていたことがある。
大学を順当に卒業したにも関わらず就職活動を一切しなかった私は、ぬるっと卒業したあと自動車学校に通いながらパチンコ店で働きフリーター生活をしていた。

その店にはなかなか個性的な面々がいて、以前そんな彼らとの面白エピソードを書いたこともある。

一緒に働いていたスタッフとはその後ぱったりと連絡を取らなくなってしまったのだが、そこで出会った人の中でとても印象に残っている人がいる。


そのパチンコ店には、ホールやカウンターで働くスタッフの他に雇用元が違うスタッフが1人いた。
お店の端に設けられた小さなカウンター。彼女はそこでコーヒーレディのスタッフとして働いていた。
コーヒーレディとは、遊戯中のお客さんにドリンクメニューを持って周り、コーヒーやジュースなどを販売する人だ。今もあるのかはわからないが、私が当時働いていたパチンコ店はお客さんの年齢層も高く、いわゆる昔ながらの往年のパチンコ屋さんという感じのところだった。

お店の規模が小さかったこともあり、コーヒーレディのスタッフはいつも1人。制服も私たちのものとは違って可愛らしいカフェ店員っぽい格好をしている。

最初の頃私は、コーヒーレディもみんなと同じここのスタッフで、ホールとカウンターの担当があるように女性スタッフが「今日はあなたがコーヒー担当ね」みたいな感じでやるものなのかと思っていた。
カウンターのレジ作業を教えてくれたギャルの先輩に聞いてみる。

「そういえば私、まだあのコーヒーの仕事は教えてもらってないんですけど、あれはもう少し慣れたらやるみたいな感じなんですかね?制服も別で貸してもらえるんですか?」

「え?あ〜違う違う。あれはコーヒーレディだから日野ちゃんはやらないよ。砂川さんは休憩室は一緒だけど会社も別だしね。っていうか、コーヒーレディは可愛い子しか取らないからあたしとか日野ちゃんは絶対無理!あはは!」


なるほど...そういうもんなのか。私はギャルではなかったが、とりあえず我々は逆顔パスで不採用ということらしい。
そんな話の流れで、私はコーヒーレディの彼女が砂川さんという名前だと知る。
確かに砂川さんはものすごく美人だった。折れてしまいそうなくらい細長い手足、お人形さんのような顔、つやつやの肌に控えめだけど華やかなネイル。

パチンコ店のホールの仕事というのは結構な重労働で、銀の玉やコインがびっしり入ったケースを1日に何十回も上げ下げしたり、呼出ランプが光ったらお客さんのところに飛んで行ったり、ホールを駆けずり回っているとかなりの体力を使う。忙しい時なんて汗だくになる日もある。

コーヒーレディの砂川さんは、そんなあくせく動き回るホールスタッフとは一線を画すような、不思議な雰囲気を持つ人だった。もちろんコーヒーレディだって大変な作業はあるんだろうけど、こちらから見ていると同じ店内で仕事をしているのになんだか違う世界の人のように思えた。


そこのパチンコ店で私が働くことを決めた理由は、時給がよかったことと、まかないがついていたからだった。フリーターの身にはとてもありがたいオプションである。
まかないと言っても誰かが作ってくれるわけではない。近くのお弁当屋さんやテイクアウトのできるお店から買ってくるのだ。
昼前になると「今日どこにします?」なんてインカムが入り、今日はあの弁当屋がいいなんてやり取りして店を決め、スタッフの1人がまとめて人数分のお弁当を買ってくる。

私はその日、お昼の休憩に入る前にたまたま呼ばれた台でトラブルがあり、対応にかなり時間がかかってしまった。
そして1人遅れて休憩室に入ると、先に休憩に入っていたギャルの先輩こと飯田さんとスタッフがもう1人、そしてコーヒーレディの砂川さんがいた。
砂川さんはうちの店のスタッフとして働いているわけではないのでまかないはない。自分で入れてきたと思われるコーヒーを持って、静かに休憩室の端の方の席に座り、携帯を触っていた。

「お疲れーめっちゃ時間かかったじゃん」

「いやぁお客さんがちょっと怒っちゃって、大変でした」

そんなことを言いながら冷めてしまったお弁当を開ける。私が世間話もそこそこにお弁当に食らいついていると、飯田さんともう1人の女性スタッフはなにやらかなり盛り上がっていた。
先週誕生日だった飯田さん。彼氏から指輪をもらってプロポーズされたんだとか。

「めっちゃ羨ましい〜!式どこでやるの?」

「そんなのまだ全然決めてないって!っていうか結婚はちょっと早すぎない?とか思って一瞬考えたし〜」

「一瞬なんだ(笑)でも、OKしたんでしょ?」

「まぁね。だって絶対若いうちに子ども産みたいじゃん?」


ほぇぇ。ギャル先輩、プロポーズされたのか。おめでたいなぁ。でも確かに年を考えるとなかなか早いかもしれない。確か20才とかそれくらいじゃなかったっけ...しっかりしてるなぁ。大学を卒業したのにフラフラしている私なんかとは大違いである。
盛り上がる彼女たちの高速マシンガントークについていけず、お弁当を頬張りながら黙ってその会話を聞く私。
砂川さんもまた、いつものように涼しげな目を携帯に落としている。と思ったら、なんだかさっきよりも砂川さんの顔が険しくなっている気がした。どうしたんだろう。飯田さん、声大きいからな。うるさいなぁと思ってるんだろうか。

そんなことを考えていると、休憩室の奥にある事務所の扉が開いて社員さんが言った。

「ちょっと、声大きいよ!もう休憩終わりの時間だろ。早くホール戻って」

「あーホントだ時間過ぎてた!ごめんなさーい!」

盛り上がっていた2人がバタバタと準備をしてホールに戻っていく。
なんか...嵐が去った感。


急に静かになった休憩室には、私と砂川さんだけになった。
無言の空間が気まずくなり、私はもぐもぐとご飯を食べながら遠慮がちに言う。

「すみません、騒がしかったですよね...」

「いえ、別に日野さんがうるさかったわけじゃないので」

私は砂川さんのちょっと不機嫌そうな声色にビビりながらも、名前を認識してくれていたことに驚いた。胸のネームプレートにでかでかと名前が書いてあるのでそれを見ただけかもしれないが。
それでも、なんとなく違う世界の住人だと思っていたこの店のマドンナ的存在の砂川さんに名前を呼ばれてなんだかちょっと嬉しくなる私。


「...日野さんは、早く結婚して子ども産みたいですか?」

携帯から目を離さないまま、砂川さんが私に聞いた。

「え?あーさっきの話…。いやぁどうかなぁ、大学も卒業したばっかりで今免許取りながらアルバイトしてるって感じなので、全然想像できないですね...」

「ふぅん」

さっきの不機嫌な口調からてっきり会話が終了したんだと思っていた私は、砂川さんにそんな風に話を振られてちょっとびっくりした。
全然こっち見ないけど...これは、会話を続けてもいいのだろうか。私は砂川さんに恐る恐る聞く。

「砂川さんは、そういう結婚とか子どもとか、考えたりします...?」

私の問いに砂川さんは携帯をぽんと机に置くと顔を上げて言った。

「私は絶対ないですね。結婚も子どもも、ありえない」

「あ、そうなんですね...」

「別に飯田さんのことディスってるとかじゃなくて。自分の家が終わってるからそういうの無理ってだけです」

「な、なるほど...」


そこから砂川さんは、不機嫌な口調のまま少しだけ自分の話をしてくれた。
砂川さんの家はシングルマザーで、お母さんは砂川さんのことをかなり若くして産んだらしい。そして早々に離婚し今は2人暮らしだそうなのだが、お母さんは彼氏をコロコロと変えしょっちゅう家に連れてきたり、仕事も就いてはすぐ辞めたりしていて、なかなか破天荒な人なんだとか。家の家賃も砂川さんが払うことが多いと言う。

「自分はまともに育てなかったくせに、その子どもに面倒見てもらえると思ってるとか、ホント終わってますよね」

「いやぁ...色々、大変ですね...」

「だから正直ああいう軽いノリで結婚とか子どもとか言ってるの聞くと、イラっとするっていうか」

「なるほど...」


私は砂川さんの話になんともうまい相槌を打てないでいた。確かにギャル先輩もかなり若い。一緒に仕事をしている分にはすごく頼りになるし親切に色々教えてくれるし、とってもできる人だ。しかし私はそれを知っているが、実際に一緒に働いていない砂川さんからすると、見た目や話し方などのイメージから軽く見えてしまうというか、あまりいい印象ではないのかもしれない。

「...同じスタッフの人のこと悪く言われても嫌ですよね、すいません変なこと言って。じゃあ私、休憩終わりなので」

「あ、はい...お疲れ様です」

砂川さんは持っていたコーヒーを飲み干し、ポケットから取り出した鏡を見て軽く髪型を直してから、すたすたと休憩室を出ていった。
いつもおしとやかな感じでニコニコとお客さんと接している彼女を見ていたので、私は仕事モードの時とのギャップに少し驚きながらも、砂川さんの家庭の話を聞いてそうかぁ...となんとも言えない気持ちになった。


その日から、砂川さんとは休憩時間が被るとポツポツと会話を交わすようになった。と言っても、やっぱり砂川さんはギャル先輩飯田さんのことが苦手なようで、休憩室に他のスタッフがいる時はいつものようにコーヒーを飲みながら黙って携帯を触っている。
たまたま休憩がずれ込んだりして私と2人きりになると、砂川さんはこの前と同じようにちょっとつっけんどんというかツンとした口調で「大学ってどういう感じなんですか?」とか「北海道の人ってこたつに入ってTシャツでアイス食べるってほんとですか?」とか、何気ないことを聞いてくれるようになった。
私も大学があることがきっかけでやって来たこの街について、ここで生まれ育ったという砂川さんに「中学生とかはどこで遊ぶんですか?」なんて聞いたりした。

話したことがなかった時の砂川さんは、なんだかものすごく大人に見えたし、てっきり私よりも年上なのかと思っていたが、話の中で彼女が18才だということを知った。
高校を途中で辞め、それからはスーパーやコンビニ、コーヒーレディなど色々な仕事をしながら生活をしているという。

会話をする機会が増えるごとに、私は砂川さんのイメージがどんどん変わっていった。砂川さんは、なんというかよく言うと10代なのにしっかりしていて、逆に言うと冷めている。そしてだからこその危うさ、アンバランスさみたいなものがあった。
楽しい話をしていてふと笑った時は小中学生のように可愛らしい純粋な顔つきになるのだが、仕事の話や家の話になると途端にすんとした表情になる。
しかし、私はそんな砂川さんが休憩室に2人でいる時はちょっとだけ素の自分を見せてくれているような気がして、なんとなく嬉しいなと思っていた。

ところがそんなある日、事件が起こる。


私はいつものようにホールを回っていて、ギャル先輩と交代で昼休憩に入る予定だったのだが、予定の時間よりも早くインカムが入った。

「日野ちゃん休憩どーぞー」

え?もう?あと15分くらいは休憩時間じゃないだろうか。きょとんとしていると、持ち場の交代をするためにギャル先輩が私のところにやってきた。

「飯田さん、休憩もう終わりですか?早くないですか?」

そう聞くと、私のインカムのイヤホンをぽんと取って耳打ちをするギャル先輩。

「砂川さんマジ無理なんだけど。一緒にいたくなかったから休憩上がってきた。あたし次で長めにもらうから日野ちゃん休憩入っちゃっていいよ」


え...!え?
休憩室には砂川さんがいるらしい。そして、ギャル先輩となにやら一悶着あった模様。どうしたんだろうとびっくりしながらも、なんとなくその理由を聞くことができず、私は「じゃあ...休憩入らせてもらいますね」と言ってホールを出た。

休憩室のドアを開けると、砂川さんがハッとしたように携帯を見ていた顔を上げ、そして私の顔を見ると、なんだ日野さんかとでも言うようにちょっと複雑な顔をしてから「おつかれさまです」と小さく言った。

「おつかれさまです。あのー...何か、あったんですか?」

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