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「風呂酒日和」第一話:さくら湯と中宿酒蔵 #創作大賞漫画原作部門

【あらすじ】
近場の銭湯くらいしか行ったことがなく、1人で居酒屋さんに入ることもなかった「私」が、ひょんなことから見知らぬ場所で風呂と酒を探し求めるようになった。

古き良き銭湯の雰囲気に癒されながら何十年も通う人たちの「いつもの会話」を小耳に挟んだり、リニューアルされた新しい銭湯で綺麗な内装や動線の工夫、新たなMyお風呂ツールに驚いたり。
そして銭湯から出て身も心もさっぱりしたら、その町ならではの小さな居酒屋さんにふらりと立ち寄って、至福の一杯。

エステよりも銭湯、カフェよりも赤提灯についつい心惹かれてしまう、人見知り系おひとり様女子の銭湯居酒屋探索物語。

【プロローグ】

あぁ...厄日だ。
今日の仕事終わりの気持ちは、まさにそんな感じだった。

平和にオフィスで仕事をしていたところ、かかってきた一本の電話。
どうやら何かトラブルがあったらしい。だがしかし、その担当である後輩の子は、たまたま前日から一週間の休暇に入っていて不在にしていたのだ。
うげげ〜!これ、休みの前に「連絡入れた〜?」って確認したやつじゃーん!「おっけーでーす!」なんて言っていたけど、もしかすると休暇が楽しみ過ぎて、すでに心はバカンスに旅立っていたのかもしれない。うきうきと旅の予定を話していた後輩の顔が頭をよぎる。

ってことは...

「今から代わりに見に行ける?とりあえず現場確認して、報告してくれるだけでいいから」


ですよね。
上司からそう指示を受けて私は急いで現場に向かった。
しかし、これが災難の始まりだった。
実際行ってみるとトラブルは確認して報告して完了!とスムーズに終わるようなもんではなかったのだ。後輩のちょっとした伝達ミスにより発注とは違う内容のものが来てしまったようで、現場はてんやわんや。
結局私もそこにいた担当の人と一緒になんとかその場をおさめるべく、別の場所にものを取りに行ったり、バタバタと各所を走り回ってフォローの作業を行うことに。


どうにか現場はおさまったものの、気づけばもうこんな時間。
服はヨレヨレ、体は汗だく、化粧はもうドロドロ。

やっと、終わった...。

自分のせいではなくとも、仕事で踏んだり蹴ったりなことが起こったり、最終的に尻拭いをしなきゃいけない時もある。同じ会社の仲間だし持ちつ持たれつなのはわかっているのだが、体力の消耗はシンプルに心の余裕をなくす。
くっそ〜あいつめ〜。
心の中で後輩に恨み節を唱えながらぐったりとした足取りで家路に向かっていた私は、ふとある景色が頭をよぎり、その場で立ち止まって携帯を取り出した。

「そうだ、銭湯...」

うわごとのように呟きながら携帯のマップに打ち込み検索をかける。今日移動中に、電車の窓から見えた長い煙突。なぜかそれを思い出した私は、ピーンと閃いた。

このどうしようもない姿を、いち早くリセットしたい...。今日の疲れは今日のうちに、いや、帰る前に!今のこの瞬間に!
もうすでにこんな姿ならばすっぴんで帰るも同じこと。銭湯にでも立ち寄って、すっきりさっぱりしてから家に帰ろうと思いついたのだ。

とはいえ、銭湯は嫌いじゃないけど家の近くでしか行ったことがないし、近場に知っている銭湯があるわけでもない。タオルもないし、もちろんシャンプーやボディソープも持ってない。こんな行き当たりばったりで大丈夫かな...。
えぇい、行ってみよう!
銭湯に売店みたいなところがあるはず。なければコンビニで買えばよいのだ。

いつもの自分なら「やっぱりいいや...」と新しい一歩が踏み出せなかったりめんどくさがってしまうのに、へとへとに疲れて半分ヤケクソみたいな気持ちになった私は、なんだか逆に勇気が湧いてきた。
そして私は、マップに表示された近場の銭湯をめがけて、むん!と歩き出した。



【第一話:お風呂編】 さくら湯


なんだか懐かしい感じの商店街だ。
クリーニング屋さんやカギ屋さん、漬物屋さんなどが並ぶ。
漬物屋さんって、毎日たくさん漬物が売れるわけではないと思うんだけど、一体どうやって儲けているのだろう。
文房具屋さんとか布団屋さんは学校だったり旅館だったり大口の、店舗販売ではないお客さんがいるから安泰なのかなぁとなんとなく想像できるが、漬物屋さんも同じような感じなんだろうか。
漬物屋さんの大口顧客は何屋さん?お弁当屋さんとか?

そんなことを考えながらてくてくと歩いていると、さくら湯に到着。
ちょうどランニング姿のおじいちゃんが出てきた。
ぺこりと無言でお辞儀をしておじいちゃんとすれ違い、靴を入れ自動ドアを開けると目の前には小さな受付が。左手には長椅子とテーブル、テレビが置かれている休憩スペースもある。
「タオル、小さいのはレンタルありますよ」とのことだったので、ありがたくお借りすることに。シャンプー類も置いてあるって。やった!


こじんまりとした脱衣室はちょっと不思議な間取りだが、清潔で明るい。ささっと身支度を済ませて浴室へ。
浴室は手前に洗い場、奥に浴槽のスタンダードなスタイル。へ〜サウナもあるんだぁ。脱衣室に比べると浴室はなかなか広め。

目の前の洗い場には男の子が2人。
母親とおばあちゃんと思われる家族連れ4人が仲良く話していて、母ちゃんとおばあちゃんが手分けしてきゃいきゃいとはしゃぎ脱走したがる2人をどうにかつなぎとめてテキパキと彼らの体を洗っている。

私は空いていた真ん中の手持ちシャワーの洗い場へ。
おぉ、シャワーがなかなか熱め。これはお風呂もアツアツ系かな。

「ほら、もう立てる〜!」

「あらほんとぉ」

お兄ちゃんと思われる方の男の子がおばあちゃんと白っぽいお湯の浴槽に入り、足が着くようになったと自慢している。
どうやら彼らはここの常連さんか、または過去に来たことがあるらしい。
なるほど。あそこはちょっと深め、温度はぬるめと見た。ふむふむ。


2人が入っていたので私はメインと思われる湯船の方へ。サウナ寄りの端っこに水風呂、その横がL字のような形になっていて一番大きなメイン浴槽。角のところに縦長で銀色の、何かの装置っぽいものがある。なんだろう…近づいてみるとカルシウム温泉装置とのこと。
その隣には肩の打たせ湯。バイクのマフラーみたいな銀の筒が二つお湯に向かってのびている。

ゆっくり足を入れカルシウム装置がある真ん中あたりへ。おっ、そこまで熱くない。熱くもなくぬるくもなく、すっごくちょうどいい感じ。
はぁ〜と心の中で至福のため息を漏らし、お湯に溶け込むように湯船に浸かる。そう、これこれ。これを味わいに来たのだ。今日はよくがんばりました、私。


しばしぼへーっとお湯に陶酔していると、白いお湯の方から少年たちと母ちゃん、おばあちゃんが移動してきた。次男は母ちゃんに抱っこされて湯船へ。お兄ちゃんの方は、軽快にざばーん。
おばあちゃんが「ほらほら、静かに入るんだよ」と言うと、少年は反抗期だったのか、はたまたふざけたかったのか、注意をしたおばあちゃん(と、近くにいた私)に向かって全力でお湯をかけ始めた。

「これっ…おばっ…ふぷっ…!おねえちゃ…やめ…パアッ…!!」

最後の「パアッ」はおばあちゃんの必死の息継ぎだ。それくらい少年は容赦なかった。
多分「これこれ、おばあちゃんを水攻めにするんじゃありません。あっちのおねえちゃんにもお湯がかかっちゃうでしょう、やめなさい」と言っていたのだと思われる。
攻撃をくらいながらも必死で少年に近づき、両腕をホールドしたおばあちゃん。急いで振り返り「ごめんなさいねぇ」と私に謝った。
自分がバシャバシャ攻撃をくらったことよりも、おばあちゃんが軽く窒息しそうになりながら少年を全力で止めに行ったその姿に失礼ながらもちょっと笑いそうになって答える。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

「ほんとすみません、もう〜これだから。私は女の子しか育てたことなかったもんだからもう大変で大変で…」


なるほどなるほど。
おそらくあの弟くんを抱っこしてるのが娘さんなんだろう。
その子自体の個性もあると思うけど、やっぱり男の子と女の子では小さい頃の遊び方とかはしゃぎ方も違うのかな、なんて思いながら少年に苦戦するおばあちゃんを温かい目で眺める。

おばあちゃんは「大変」と言いながらも少年をお湯の中で持ち上げ、ふわ〜っと湯船の中を漂わせたりして、大人しくさせつつも二人で笑いながらうまいことコミュニケーションを取っている。なんだか微笑ましいなぁ。


三世代家族を見ながら隣の打たせ湯に移動。
ふんふん、そこまで激しくないし、でもなかなかいいところに当たって気持ちがいい。続いて隣のジェットっぽいところへ。
お、つながっていたからてっきり同じ温度かと思っていたが、こっちの方が断然熱い。なんでだろう。でもじんわり沁みるようなあたたかさ。いいね。
ジェットの位置もちょうど肩甲骨剥がしのような絶妙なポイントに当たって効く〜!

メイン風呂をひとしきり味わった私は一度上がって髪を洗い、白いお湯の方へ。「〇〇湯」みたいな案内は書いてないがシルキーな感じのお湯だ。想像通り、ちょっとぬるめでいい感じ。ぽひゅぅ〜。


子どもたちは水風呂に足を入れてみたりその辺を走って止められたり、とても元気だ。母ちゃんとおばあちゃんは大変そう。
そうかぁ。親になると、お風呂もゆっくり入れなくなるのかなぁなんて思いながら彼らを眺める。そして周りにいる他のお客さんの反応も面白い。
ニコニコ顔で今にも話しかけそうな人、ちょっと迷惑そうな顔をしている人、スーンと我関せずという顔で体を洗う人、危険そうな物を避けてあげたり微笑んだりして、絡みはしないもののさりげなく子どもたちを気遣う人。

子どもの個性もそれぞれなら、大人もそれぞれ、女性もそれぞれだ。
私はどうかというと、こんな風に頭では色々考えクスクスしているけど、きっと顔的には「スーン」チームに入るだろう。


さて、もう一度メイン風呂と熱めのジェット、白いぬる湯を軽めに一周リピートして退場。私より前から入っていたが、三世代ファミリーはまだ浴室にいるようだ。さすが常連さん。のぼせないようにね。

たまたま脱衣室はタイミングよく貸し切り。
浴室が割とワイワイしていた分、のびのび身支度を整える。

なんだか色んな人の色んな顔が見れる楽しい銭湯だった。
子どもたちが銭湯好きになって、これからもずっと通うといいなぁなんて思いながら、私はさくら湯をあとにした。

【さくら湯】
住所: 〒173-0004 東京都板橋区板橋3-39-12
電話: 03-3961-3196
アクセス: 都営三田線「板橋区役所前」駅下車、徒歩5分
定休日:月曜日、木曜日



さくら湯を出た私は、生まれ変わったようだった。
何気なく立ち寄った「仕事終わりの銭湯」の爽快感と言ったら。どんどん沈んでいった昼間の自分が嘘のように復活し、心も体も元気になった。

ところで、私はお酒が好きだ。無論、風呂上がりの一杯なんて最高の極みである。お風呂も入って、ちょうどお腹も減ってきた。どうせなら、この街を楽しんでみようではないか。
すっきりさっぱりした私が、次に追い求めたのは居酒屋さんだ。


仕事で来たことはあるものの、居酒屋さんなんて探したことのない未知のエリア。馴染みのない場所で町の銭湯に入るのもなかなかない体験だったが、お酒好きでも冒険ができない私は、知らない店で1人で飲むことなんてまずない。でも今日の私なら、できる気がする。よし、行こう。

まるでこの土地に引っ越してきて、初めて自分のお気に入りの店を探すかのように、銭湯を出た私は赤提灯を求めてわくわくと歩き出した。


【第一話:お酒編】仲宿酒蔵


どれかなどれかな。
先ほどと同じように携帯で「居酒屋」と検索し、マップをちらちら見ながらも、あたりを見渡して歩く。
ネットで目星をつけながら目視でも探していくハイブリット作戦だ。

お、ここよさそう。今日はここな気がする。根拠のない「ピーン」が働いた時はとりあえずそれを信じてみる。


着いた。その名も仲宿酒蔵。
仲宿というのはどうやらこの辺の地名のことを指しているっぽい。カラカラと扉を開けると「いらっしゃーい」と明るいおばちゃんの声がした。
厨房には2人の男性。年齢的に店主と息子さんだろうか。
1人ですと告げると、こちらどうぞ〜と促される。よし、最後のカウンター席ゲット。

席の前、目の前のショーケースにはなんとも神々しい景色が。まぐろ、えび、牡蠣などの海鮮がずらりと並んでいる。ほほほ。絶景絶景。
とりあえず瓶ビールを頼む。そしてすぐにやって来た大瓶を受け取りつつ、牡蠣を注文。
大好物なので他のメニューもあまり見ずに即決してしまった。


さーて何を食べよう。
ショーケースを見ての通り、ここはまぐろ推しみたい。赤身、中落ち、ぶつ。まぐろ納豆にまぐろ山かけ。まぐろwith〇〇メニューも豊富だし、フライ、唐揚げ、串焼、まぐろ丼もある。その他にも白子ポン酢、あんきも、ボタンエビ刺し、かつお、しめさばに真鯛、ぶり、ウニ刺しまで。しかもどれも素敵なお値段。心躍るものばかりだ。うーーーん、悩むなぁ。
ビールをちびちび飲みながら表と裏のメニューを行ったり来たりする。


「まぐろアカモクとたこ刺しね」

「あいよー」

隣の人が注文を頼んだ。むむ、アカモクがあるとは。素晴らしい。ナイスチョイスお兄さん。
アカモク惹かれるなぁ。でも栃尾揚げも気になるし揚げナスもいいね。あー決められないっ!

悩んでいると、隣にまぐろアカモクが到着した。
うわっ、たっぷり...最高じゃん。決まりだ。お兄さん、マネさせてもらいます。


「あのーすみません、私もまぐろアカモクを...」

言い切るか言い切らないかくらいで厨房のおじさんが言った。

「あーアカモク、さっきので終わっちゃったんだよねぇ。めかぶならあるんだけど…」

「あ、じゃあめかぶでお願いします」


大丈夫、ネバネバ系大好きな私。めかぶももちろん顔パスだ。
無事注文が決まったところで、店内を見渡してみる。
カウンターが5、6席ほどとテーブル席が10席以上。ほどほどに広い。なんだか町のお蕎麦屋さんみたいな内装だ。
カウンターは満席だがテーブルの方はちょっと余裕がある感じ。1人客の常連さんが多いのだろうか。隣同士で仲良さそうに話したり、店員さんと話したり、キンミヤの一升瓶をキープしている人もいる。


「はい、牡蠣でーす」

店内をきょろきょろしているとちょうどいいタイミングで牡蠣が到着。
で、でか...!殻の時点でめちゃくちゃ大きい。
早く食べたいのに、なんだか開けるのがもったいないという謎の感覚になる。そしてまぐろめかぶも早々に到着。

「アカモク、ちょっとだけあったからめかぶと半々にしといたからね」

なんということでしょう...ハーフ&ハーフだなんて!
逆に贅沢な一品になった。ありがとうございます。


さて、まずは牡蠣だ。いそいそと上の殻を開ける。期待通り大ぶりの牡蠣様が登場。眩しい...。
レモンを絞って、一口では食べきれそうもないので半分くらいをぱくり。
ぬは〜!おいしい!大正解。
いつもはポン酢があったり紅葉おろしやネギがかかっていると喜ぶ私だが、レモンだけでもすごく美味しい。ごくごくとビールを挟んですかさずもう一口。うーんとってもクリーミー。1個だけで十分満足できる濃厚な牡蠣だ。

そしてまぐろアカモクである。
まぐろの顔がまた、イケメンなのよ...。(イケメンのまぐろってなんだろう)
ぶつ切りのまぐろがめかぶとアカモクの上にぽんぽんぽーんと乗っかっているだけなのだが、つやつやしててとっても綺麗。そしてこちらもボリューミー。大きめのお茶碗一杯くらいの量だ。

それではいざ。醤油をたたーとかけてわさびをちょっと取り、まずはマグロだけ一口。
うわっ...うままま〜い!この子、"ええとこの子"の味がするわぁ。
例え方謎だけど、要するに最高にうまい。そして安定のネバネバ。アカモクもめかぶも、もちろん混ぜて食べても無論おいしい。

右隣の人はブリカマを食べている模様。
ブリカマも特大で美味しそうだし、両隣から聞こえてくる会話も楽しげで目も耳もなんだかご機嫌。


牡蠣を早々に食べ終わってしまい、まぐろアカモクとビールでちびちび飲み進めていたのだが、もうちょっとだけ何か食べたいかも。

「すみません、ネギまぐろ串焼きを下さい」

なんとなく温かいものを食べたくなった。

「はい、塩タレどちらで?」

「タレで!」

「はーい」

お魚の串焼きってあんまり出会わないけど、どんな感じなんだろう。塩かタレか選んだし、焼鳥のねぎまみたいなことかな。


「はーい、ねぎまタレね〜」

しばらくしてネギまぐろ串焼きが到着。なるほど、ここのねぎまの「ま」はまぐろの「ま」ですね。
うぉぉぉ大きい。こちらもどーんと立派なサイズ。細長のお皿に一本だけでもう満員です!というボリュームで鎮座している。そして甘辛のいい匂い。傍らに乗った味噌がまたいい。では、まずはタレの味だけで一口。

ほっふ…!うんま……。
串焼き、あんまり食べないしそんなにファンではないかもなんて思っていたが、今まで食べた火の通ったマグロの中で一番美味しいかも。
さらに横に添えてあった味噌をちょっと付けてもう一口。うんうん、味変よきよき。
テーブルには「かけすぎると辛いので注意!」と危険っぽい文字で書かれた一味が。辛いもの大好きなのでちょっと振って一口。あぁ、合う...!辛うま〜。


うむ、とっても美味しかった。
あったかねぎまと、まぐろアカモク。まぐろづくし&大好物の牡蠣に満足してお会計。

いやぁ、いいところを見つけてしまった。
ごちそうさまでした。

【仲宿酒蔵】
住所: 〒173-0005 東京都板橋区仲宿62-1
電話: 03-3964-5132
アクセス: 都営三田線「板橋区役所前」駅下車、徒歩1分


【エピローグ】


いやはや、最高だった。
お風呂上がりにふらりと入った店で、瓶ビールを一本。軽いおつまみを数品。
これは革命だ。私は、銭湯同様新たな人生の楽しみ方を知ってしまった。

知らない人の笑い声を耳に入れながらしっぽりとカウンター席で飲む。今までお酒を飲んで楽しいのは一緒に飲んでいる友人と話すことが楽しいのだと思っていたけれど、こういう楽しみ方もあるんだなぁ。お酒との時間を、周りの空気を、じっくり味わうひとときがあんなにも心地よいとは。
あまり社交的ではない私でも、周りの目も気にせず存分に満喫できるお風呂とお酒。これは、いい趣味を見つけてしまったかもしれない。

今度からこれやろう。私はそう思った。
ちょっと疲れた時、とっても落ち込んだ時、すっきりしたい時、新しい場所にワクワクしている時。「うん、今日だ!」そう感じた日には、今自分のいる場所からふらっとお風呂を探しに行ってみよう。それとその後の一杯も。

小春日和、洗濯日和、行楽日和。「今日はこれをするのにちょうどいい天気」ということを〇〇日和なんて言うが、今日はまさにそんな気分だった。

こうして私の銭湯居酒屋巡り「風呂酒日和ふろさけびより」が始まったのである。

第二話】 お風呂編:クラブ湯 /  お酒編:海鮮酒場 らうす港
第三話】 お風呂編:十條湯 / お酒編:鮒忠
第四話】 お風呂編:記念湯 / お酒編:ゑん重
第五話】 お風呂編:四季の湯 / お酒編:ちょんまげ


【あとがきと応募に寄せて】

今回創作大賞の漫画原作部門に応募したこちらは、私が日々noteに投稿している銭湯と居酒屋を探すエッセイがもとになっています。

書き始めるきっかけとなった、知らない町で初めて銭湯に行ってみた日のことを思い出しながら、これまで巡ってきた約140箇所の銭湯、居酒屋さんの中で特に印象に残っているエピソードを1話〜5話という形で応募要項に沿って再編集しました。
(普段は文字数を考えずに思ったことや起こったことをつらつらと書いていたので、規定文字数におさめるのがすごく大変だった〜!)

この風呂酒日和は日々のエッセイがもとになっているということもあって、物語とするには主人公(私)の輪郭というか人物描写がかなり薄いなぁと思い、文字数との葛藤で正直どうするべきかととても迷いました。
漫画の原作になることをイメージして考えた時に、主人公のカラーや魅力があることが作品としての面白さに繋がるのではと思っていたからです。

でも色々考えた結果、銭湯や居酒屋さん、その情景や雰囲気をより詳しく描くことに重きを置いているそのままの形で応募をすることにしました。
理由は二つあります。一つはもしも漫画になったら、この主人公はきっと「私」ではなくなると思ったから。どんなキャラクターでどんな風に街を歩き、どんな物語になっていくのか。そこに新たな魅力がプラスされ作品になるのが「原作」という形の面白さの一つでもあるのかなと思いました。

そしてもう一つは、私が今回の応募を通して何よりも文字数を割いて伝えたかったことは「町の銭湯と居酒屋さんの魅力」だと思ったからです。
特に銭湯は、今、この魅力を伝えなければと感じています。

これまで色々な銭湯を巡ってきて、私は「今の銭湯は二極化しているのかもしれない」と思いました。二極化というには、割合の差が激しすぎるかもしれませんが...。
ここ数年、綺麗にリノベーションされた銭湯やサウナ施設がブームとして取り上げられることも多くなり、新たな銭湯文化も広がっていますが、町にはずっと変わらず長年続けてこられた銭湯もたくさんあります。
もちろん新しい銭湯の魅力もいっぱいあるし伝えたいけれど、後者の懐かしさ溢れる「昔ながらの銭湯」は、いつまで伝えられるか、いつまであり続けてくれるかわかりません。

経営者の高齢化や利用者の減少、後継者不足、施設の老朽化に燃料高騰。
サウナ待ちの人がロビーに溢れるような人気の銭湯もある一方で、ほとんどの銭湯は今かなり厳しい状況に直面していると思います。
これまでに足を運んだ銭湯でも、コロナにより一度休止した設備が再開できなくなってしまったり、訪れた数ヶ月後に閉店となってしまったところもありました。

ただただ癒しをもらうばかりだった私が、これまで出会った銭湯に、銭湯文化の存続のために何かできることはないか。お風呂を巡るようになってから度々考えていました。少しでも多くの人が興味を持ってくれたらという思いもあって、自分が足を運んだ銭湯と居酒屋さんについてこつこつ書いてきました。

そして、もしこのエッセイがもっと色々な形になって、たくさんの方々の目に触れてもらえたら。「あ、ここ近くじゃん。行ってみようかな」と思うきっかけになったら。「へぇ〜お風呂上がりに一杯寄り道、いいかも」と感じてもらえたら。そんな気持ちで創作大賞の漫画原作部門に応募しました。

私一人の力ではできることは少ないかもしれないけれど、そんな夢を抱きながらこれからも銭湯を巡っていきたいと思います。
もちろん、お風呂上がりにその町ならではの渋いお店で一杯ひっかけるのも忘れずにね。


サポート、嬉しいです。小躍りして喜びます^^ いただいたサポートで銭湯と周辺にある居酒屋さんに行って、素敵なお店を紹介する記事を書きます。♨🍺♨