【風呂酒日和152-1】 富士の湯(ふじのゆ)
北区っていいよね。
いい感じの赤提灯や昔ながらの商店街があるのも魅力的だし、銭湯が多いのもよい。しかも駅近の銭湯もあれば、住宅街の奥地にあるローカル銭湯も多いのだ。銭湯を目指して細い道を縫うように歩き、街を感じるのもまた楽しい。
というわけで、今日は富士の湯。本日はさくっと入りたい気分だったのでサウナなしの往年の銭湯系を探した。
辿り着いたらちょうど向こう側から、2人のおばちゃんが。親子ほどは年が離れてなさそうだし、姉妹とも違う距離感。1人はちょっと足が悪いようで杖を傘立てにしまおうとしている。それを支える相方のおばちゃん。ご近所同士でタイミングが合う時は一緒にお風呂に行く間柄という感じかしら。なんかいい関係だな。(勝手に想像して勝手に和む)
傘立ての鍵を「こうやって閉めんのよぉ」なんて言いながらちょっと奮闘しているおばちゃんたちの横をするりと入場し、靴をしまって中へ。
目の前にはローテーブル、コーナーソファとテレビのあるロビーが広がり、左手に受付がある。
えーと、550円…
お金を払おうとすると受付の奥さんが一言。
「すみません、あちらで券を買っていただけますか?」
振り返ると冷蔵庫の横に小さな券売機が。あら!気づかんかった。てっきり受付で払うものだと思ってずんずん進んでしまった。
「あ、すみません」
そそくさと後ろに行って入浴券を購入。再び受付へ。
「銭湯は初めてですか?」
「え?」
どういう質問だろう?ここの銭湯は...ってこと?
「えーと…ここは初めて来ました」
「他で銭湯に入ったことはありますよね」
「ありますあります」
ありますどころか入りまくっております。
「携帯が触れないとか、大丈夫ですよね?」
「あっはい、もちろん」
なるほどそういうことか。
奥さんは見慣れぬあやしげな小娘が来てきっと心配だったのだ。ここは駅からも結構歩くし顔馴染みの常連さんが多いのかもしれない。それかあれかな、ちょっと前に入れたアンブレラカラーの色が抜けすぎて、表面の髪だけ見ると私の風貌が金髪のヤンキーみたいだからかな。
心配させてすまぬ。こんな髪してるけど結構いい大人だし、銭湯は死ぬほど通っている。
安心して下さい、(色んな銭湯)はいってますよ。とにかく明るいヒノ村。(まだロビーなのでパンイチではない)
謎の決めゼリフを念じながら脱衣室へ。
一度荷物を入れ、トイレから帰ってくると入口で会ったおばちゃんズとロッカーがかなり近くになっちゃって、3人であらあらごめんなさいと言いながら仲良く固まって身支度。
浴室は手前に洗い場、奥に浴槽のスタンダードタイプ。備え付けアメニティはないので持参するのがおすすめ。(手ぶらセット的なのも多分売ってたと思う)
壁のタイル絵は西洋風な感じ。そして全体に漂う漢方のような香り、薬湯の気配がする。
桶と椅子を持っていき、真ん中の島で体を洗う。洗い場には至るところに注意書きが。そういえば脱衣室にも結構貼り紙があったなぁ。
どこの銭湯でもよく見る系でいくと「毛染め禁止」や「洗濯しないで」「体を洗ってから湯船に入って下さい」など。
その他にも「ここに物を置かないで下さい」「立ち上がって下半身にシャワーを浴びないで下さい」なんてのもある。具体的だな…。そりゃ確かにやだよね。誰かの下半身を経由したシャワーは浴びたくない。
「品がなく恥じらいのない行為は周囲の方に迷惑です」というような諭しモードの一言が添えられている注意書きも。
なーるほど、ここはたまに遭遇するちょっと注意書きが多いタイプの銭湯のようだ。どうりで最初にあんな感じで聞かれたわけだと妙に納得。受付の奥さんからのコメントとして貼り紙に書かれた文言が脳内再生される。
なんか、こういう小学校の先生いたよね。きりっとしてていつも真面目で、厳しさゆえに嫌われたり邪険にされたりするけど、実は誰よりも生徒思いで人知れず裏で生徒のために奔走している姿を見てあとからその愛に気づく、みたいな。(架空の先生の説明長)
きっと奥さんもそういうタイプなのかもしれない。
色々妄想しながら洗い場にいたら、気づいたら髪も体も洗い終わってしまった。準備万端。ではマナーを守って浴槽へ。
浴槽はバイブラのボコボコがある大きなメイン浴槽と、ジェット系が2種。広い浴槽には人がいたので、ジェットからいってみよう。
うんうん、熱めだけどするりと入れるベストな温度。そして入ると薬草系の香りがぶわーっ。
うーん、独特。独特だけど、この匂い好きかも。なんか...ものすごく何かに効いてる気がする。希望的観測。
隣の座風呂に行こうかと思ったらさっきのおばちゃんズがジェットの方に歩いて来たので、メイン浴槽に移動。お、あの大きな袋に薬湯の成分的なものが入ってるのかな?色はそこまでついておらず透明っぽいが結構香りは強め。
浴槽の横にも注意書きがいくつかある。桶を湯船に入れないでください。そうだね、うんうん。桶に...お尻を入れないでください?
え、おしり?桶にお尻入れることある?どのタイミングで?おもろい。
なかなかいろいろ書いてあって目が持ってかれるが、でも頑張ってここの治安を守っているんだなぁとわかる。書くということはそれをする人がいるということで、もっと言うとそれを見た人がお店の人に伝えたりしているのかもしれない。
そりゃあ言われたら対処しなきゃいけないし、でも見張ってるわけにもいかないもんね。せめてメッセージを掲げるしかない。
あぁ、ぽかーんと浸かっていると急激にお腹が減ってきた。今日は定食とか食べたい気分かも。
しかも生姜焼きとか結構パワフルなものを食べたい気持ち...。そんなことを考えていたらもう頭がご飯モードになり、いそいそと脱衣室へ。
体を拭きながら今一度脱衣室に貼られている貼り紙もまじまじと眺めてみる。開かずのロッカーになってしまったと思われる扉には「こちらの鍵をお持ちの方、お戻し下さい。困っています」、昔ながらの椅子型ドライヤーには「首、曲がりません。無理やり曲げられ職人がいないので直りません。大切に大切に取扱い下さい」、椅子の上には「血圧計、破損がありましたので引き上げます」
なるほどなぁ。この貼り紙たちは文句なんかではない。銭湯からの悲鳴なのだ。心無い使い方をする人やマナーの悪い人たちのせいで、大切な備品が傷ついたり、ともすれば長年通っていた人の足が遠のいてしまうような迷惑行為をする人がいたのかもしれない。
そりゃあほぼ金パのヤンキー風小娘に警戒しても仕方がないだろう。
ぱっと貼り紙を見た時はそんないっぱい書かんでも...なんて思ってしまったが、一つ一つをよく読むと切実な声が聞こえてくる。こんな風にたくさん書かなきゃいけないのももしかしたら心苦しいのかもしれない。いやぁ、不特定多数の人が来て使う場所ってほんとに難しいよね。
銭湯好きとしては、おっしゃる通り大切に大切に、ありがたく味わって入りたい。
そんなことを考えながら脱衣室を出て、ロビーにて本日はなんとなく麦茶を買って水分補給。
よし、ご飯食べよう!と「ありがとうございました〜」と言いながら出ようとすると「そっちそっち」と奥さんに声をかけられる。
ありゃ、右手に歩いていたが扉は向かって左が開くところだった。
「す、すいません...」
なんか最初の券売機といい、ぼーっとしてるな今日...。空腹でエネルギー不足だからかな。
マスクをしていて表情はよくわからなかったが、奥さんの出口はあっちだよと突っ込みながらふっと笑った目元になんだかほっとする気持ちになりながら、私は富士の湯をあとにした。
やっぱり奥さんは、私が想像した凛とした先生のような人なんじゃないかなと思う。